202X。日本。~縮みゆく独裁国家。廃止になった駅と雨と佇む三人~

・廃駅に佇む夜

 都心から三十分ほどの郊外。以前は商店街、団地、図書館はじめ文化的施設などで栄えていたが、予想以上に速い人口減により、ついにこの駅が廃駅となった。
 人のいない暗い構内にも、上の高架から漏れる車の光や、お店の明かりが漏れ、儚げな模様が舞う。無数の細い糸のように、雨も照らされては、見えなくなりを繰り返す。
 無人のホームに立つ三人がいる。白髪の老人。黒服の女子大生。そしてキャップを被った23歳の、俺。
「この雨の匂いが好きなんだよねえ」
 美紀が鼻をくんくんさせる。目をつむった彼女の顔が、一瞬高架からの光に照らされる。
「天からお呼ばれしてるみたいじゃな」
 高藤さんも目をつむり、くんくんさせながら言う。おいおい、高藤さんに言われたら、返しに困るだろう。
「まあ確かに、いいですね」
 使われない線路。急な段差と草むら。高い段差の上に見える、今ではすっかり減ってしまった店の明かり。ここが日本一の解放区だ!と心の中で叫びながら、息をいっぱいに吸う。

「ああ、一面の丘、一面の草原、多分ボロボロの裾のせいで足首の辺りが草でチクチクしとる。でも遠くの赤い屋根屋根の町に虹がかかってて、向こうには海が見える。長く住んだから、もう一回くらい行きたかったが、もう良い。これで十分じゃ。心の風景と一緒に、虹よわしを迎えに来てくれ」

 目を閉じた先に見える景色を情感たっぷりに伝える高藤さん。一瞬、目に涙が光った気がするが、左手にビール缶を持っているのを見て、何故か安心してしまう。感情たっぷりに悲しいことを言うときは大概飲んでいるときで、これじゃあ、まだまだお迎えは先だな、と安心して聞いていられるのだ。
「絵画にあるような砂浜と海。黒雲。白雲。でもくり抜いたような青空もある。私は寒さに自分の肩をギュッと抱きながら、砂浜にじっと体育座りをしている。青空が、どんどん広がる」
 満足げに言う美紀。言い終えて鼻から思い切り空気を吸っている。うん。いつも通り前向きだ。何故高藤さんや俺みたいな人とつるむのか分からないが、とにかく前向きだ。
 俺の番か。黒いキャンパスに映された映像を、一つ一つパズルを解くように、ありのままに口に出していく。
 秋のプール。青空、だけどあちこちに雲も浮かんでる。無機質なイメージ。プール挟んで向こうは白いプールサイドと白い壁。俺が立っているところも白。でもできるだけ首は回さずに、目線だけずらして後ろを見ると、プールサイドと壁の間から、少しずつ真っ黒な壁が広がってくる。無機質な景色の中でそれだけが生きているようだ。カナヅチだけどさすがに飛び込もうと下を見ると、動きもしない水面の向こうから、同じような黒が煙のように広がっていて、水色のプール底が少しずつ見えなくなってきている。
 近づいてくる。逃げ道も無くなる。
 黒が俺自身に到達する寸前で、俺は目を開けた。

 サラサラと静かに降る雨。時にホームを照らす光。そして変わらず同じところに立ち尽くす三人。ありのままの、変わらない景色。

「わしも含めてみんな、これから死ぬような情景だな」

 一瞬景色が滲んだような気がした。胸の奥底から、あの黒が響いてくる。(続く)     

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?