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百発百中でできない障害かどうか

 あるとき(一昨年の末ごろ)、発達障害のセミナーに行きました。私のような当事者の行く会ではなく、会社の上司や人事を相手にした、「部下や同僚に発達障害の者がいる」という人向けの研修会でした。

 冒頭で、講師の先生が、例を出されました。発達障害の人に、障害の特性に逆らったことをさせるのは、たとえば、車いすの人に、階段で2階へ上がって仕事をせよ!と言っているのと同じくらい、無理なことなのですよ、と。

 たしかにこのたとえはわかりやすい。それくらい、無理なことを要求されています。日常的に!…しかし、このたとえは、どうもわかりやすすぎて腑に落ちないものがある。その違和感は何なのか。ずっと考えてきて、このたとえを耳にしてから1年と数カ月がたち、ようやくその違和感を言葉にできました。つまり、車いすで階段を登れない人は、百発百中で登れません。百回中、百回とも登れないのです。私の、たとえば「電気のつけっぱなし」は違います。消すこともあるのです。しかし忘れることもある。あるいは、私は、いつもうろうろ、ふらふらしています。周囲の人にはかなり目障りなようで、あまりに目障りだと思った人は「ストップ!」と言います。私はピタッととまります。その人は「やればできるじゃん」と言います。しかし、いつのまにか私はまたうろうろふらふらしているのです。つまり、百発百中ではない。できるときもあるのです。これが、車いすと違って、理解されない大きな理由だな、と思うようになりました。

 佐村河内守(さむらごうち・まもる)という人がいました。作曲家でありながら、自分では作曲していなかった人です。この人の有名な記者会見がありました(覚えておられるでしょうか。あまり若い方はご存じないでしょうか)。彼は「耳が聞こえない」ということであり、手話通訳者を通して記者会見をしていたのですが、思わず手話通訳が終わる前に記者に答えてしまい「聞こえているじゃないですか」と言われる場面があったのです。これも、世間一般の人は、耳の聞こえない人というのは、百発百中で聞こえないものと認識しているのであり、「ときと場合によっては聞こえます」というのは、とたんに信頼されないということを示唆しています。私は佐村河内氏を擁護しようとしているのではありません。彼は、作曲していないのに作曲していると言っていた、いかさま師です。私が言いたいのは、ここにあらわれている世間の反応に注目したいということで、「障害者というのは、百発百中で、できない人」という無意識的な思い込みのようなものがあるという事実です。

 私の友人で、義足の者がいます。その人は、「障害は武器だ」と言っていました。義足であるというだけで、幼いころから、周囲の人から親切にされてきたのです。もう、義足であることで、得しかしていないとのことでした。障害者手帳で、乗り物をはじめいろいろな割引もありますしね。そして、あわよくば二十四時間テレビのようなものに出られて、脚光をあびることもできると。あなた(私)は、障害は武器だとは思っていらっしゃらないのですね、と言われました。たしかにそうです。義足と発達障害は、あまりにも違います。整理整頓ができず、字がきたなく、暖房のつけっぱなしをし、うろうろふらふらする人に、周囲が親切にしてくれるわけでもなければ、二十四時間テレビに出られるわけでもない。そして、私は、発達障害が発覚して間もないころ、以下のような経験をしました。障害というものは、振りかざしてはいけないものなのですが(ルール上ではなく、人道上です。障害を振りかざす障害者は、きらわれるものです)、まだ障害者になりたて(正確には生まれたときから障害者でしたが、判明してすぐの意)の私は、次のような「振りかざし」をしました。私に、以下のように言ってくる人がいたのです。「きみ、しゃべるときに、あたまがふらふらしているよ。みっともないよ。自分で気が付いていないだろうから教えてあげるけど、極めてみっともないよ」。もちろん、意地悪で言ってきているわけですが、私は、つぎのように障害を振りかざして反論しました。「これは私の障害です!自分で、しゃべりながらあたまがふらふらしていることは知っています。気づいていますけど、自分でもどうしようもないことなのです。たとえて言うなら、足のない人に『歩け』と言っているくらい、無理な話なのです」と。そうしたらその人はなんと言ったかというと、勝ち誇ったように「義足がある!」と言ったのです。これは、さっきの話とつながるわけではありませんが、その意味でも、私は義足より不利です。たとえば、足のない人は、義足を装着することによって、多くの人のように、歩けるようになります。しかし、私の発達障害というのはどういうものかと言いますと、私の脳には「欠け」があるわけですが、ここになにかを装着して、多くの人と同じように考えることができるようになるというような「装置」は開発されていません。その意味で、発達障害には「義足」に相当するものすらないのです。

 私は教師であった時代、「なにかを説明しながら」「生徒のほうを見る」ということが(マルチタスクゆえ)できず、しかしそれを仲間の教師に説明すると、よく「オレも」と言われました。最近も、私は電気のつけっぱなし、窓のあけっぱなし、冷暖房の入れっぱなしをやる話をしたら、自分も正月の帰省中に、ずっと暖房のつけっぱなしをしたという話をされたかたがありました。その意味でも、これが障害であることは極めてわかりにくいです。発達障害でない健常者(定型発達)の人でも、忘れ物はするし、貧乏ゆすりもするし、極端なこだわりを持っていたりするのです。しかし、私はそれが原因で、1年近く仕事を休むほどであり、しかも、15年、正社員として勤務してきた仕事を、もうやめなくてはならないのではないかと考えるほどに苦渋の決断を迫られており、しかも世の中はコロナ渦でただでさえ仕事を失う人が多いという悪いタイミング。もう相当に困窮しているのですが、しかし、この仕事が向いていないと悟ったのは仕事をはじめた初日からであり、それでも3か月で辞める若者とは違って、15年も勤めたのは表彰に値するのに「なんでそんな向いていないところに15年も勤めているの?」と言われる始末で、いやそれはほかではもっと勤まらないと思ったからなのですが、ですからほんとうに困窮しています。それで、この障害が理解されない大きなひとつの要因として「百発百中でできないわけではない」ということが挙げられることに気づいたわけです。車いすの人に、「階段、登れ!」と言ったら登れるのであれば、「じゃあいつもはなぜ登れないの?」と言われてとたんに信用を失うでしょう。(もっともこれは車いすの人を十把一からげにしているのでありまして、車いすの人も百人いたら百通りでしょうけど。義足の人も同様です。)もう一度、佐村河内氏の記者会見の話を思い出してください。私は色弱でもありますが「きみ色弱なの?じゃあこれ何色?」「赤です」「見えてるじゃん」という会話もよく起きます。とにかく「ときと場合によってはできます」という障害は、世間から理解されづらいということです。

 本日は以上です。ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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