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悪者は悪者の顔をしていない

高校のときです。ある「寄せ集めオーケストラ」で「木管楽器が足りていないから行ってほしい」と顧問の先生から言われ、木管楽器の仲間と行きました。ところが、私の楽器であるフルートだけ、足りていました。足りていたどころか、余っていたのです。本物のパートを吹いていたのはある近所の音楽高校の男女ペアの生徒でした。彼らはわれわれエキストラを虫けらのように扱ってきました。同じく賛助で来ていた大学生のフルートのお兄さんも「彼らには逆らわないほうがよい」とアドバイスしてくれました。30分以上かかるその曲のほとんどの出番を奪われました。このときに初めて「悪者は悪者の顔をしていない」ということを学んだわけです。

幼少のころに見ていたテレビの「宇宙刑事シャリバン」のようなものでは、悪者はいかにも悪そうなのでした。「オレは悪者だ。ぐわっはっは!」という感じなのです。悪代官も「おぬしも悪よのう。ぐわっはっは!」と言っています。そのフルートの男女ペアは、まるでアブラムシを駆除する園芸家のようであり、しれっとしてわれわれを排除するのでした。

大学で少し統合失調症の症状が出て学校を1年休み、やや調子がよくなったころにバイトに行ったことがあります。塾の電話勧誘のバイトでした。当時は固定電話しかなかった時代でしたが、そこにはどう見ても役所から漏れだしたとしか言いようのない生年月日と電話番号の書かれたリストがあり、そこで、「その年に中学または高校に上がる子どもさんのご家庭」に電話をかけ続けるのでした。その先輩たちが恐ろしかったのです。電話をかけているときの猫なで声と、電話を切っているときの強烈なキャラのギャップが耐えきれなかったのです。結局、そのバイトは1週間も持たず、4日で辞めたと思います。皆さんも、電話で親切な人の応対を聞くことがおありでしょうが、その人たちも電話を切った瞬間に何を言っているかわかりませんよ!

小学生が学校でもらってくるプリントで、「インターネットには悪者がいます。あなたのパスワードを盗もうとしていますよ」と書いてあるものがあり、イラストにはいかにも悪そうなクラッカー(「ハッカー」という言いかたのほうが普通でしょうか)がパソコンに向かっています。あれもおそらくはそんなに悪い顔はしていないのが現実でしょう。むしろいい人かもしれません。

私の勤めていた私立中高というのは「ひどいところだな」と思っておられるかたも多い気がしますが、生徒や保護者や卒業生にはなかなか評判のいい学校です。「従業員にひどい学校」なのです。私はあるとき、おいしいイタリアンの店に入りました。ただし、たまたま、その店長がデキない従業員を口汚くののしる声がよく聞こえる席に座ってしまったのです。その席にさえ座らなければ、そのイタリアンの店は「とてもいい店」ということになったでしょう。

私の母がとても親切なピアノ教師で通っていることを考えると、私に親切にしてくれる人のなかでも、実の子どもには非情な人が必ずいるはずであり、逆に私にとってはひどい人である私の主治医も、実の子どもにはとてもいい父親かもしれず、世の中は単純に「いい人」「悪い人」では片付かないところがあります。あの「宇宙刑事シャリバン」の悪者さえ、お連れ合いや子どもには優しい人かもしれませんからねえ!

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