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作曲者本人のテンポは速い

 あるとき、友人に、坂本龍一の「リタニ」という曲を聴かせてもらいました。ピアノソロの曲です。まず、あるピアニストの演奏で、そして次に、坂本龍一本人の演奏で。作曲者本人の演奏のほうが、ずっとテンポが速く、あっさりした演奏でした。ここで連想したことがあります。

 20世紀まで活動したクラシック音楽の作曲家って、けっこう、自作自演の録音が残っています。私が思い出したのは、ラフマニノフです。ラフマニノフの自作自演は、現代のラフマニノフ演奏の標準からすると、ずいぶん速いテンポで、あっさり弾いていくものです。これはつまり、「感動を押しつけて来ない」(その友人の言葉)ということでもあり、逆に言うと、のちの時代の人が、ラフマニノフの音楽を、過度に「感動的」なものだと理解して、「押しつけがましく」演奏している、ということでもあります。

 パーシー・グレインジャーという、作曲家でありピアニストである音楽家がいました。オーストラリア出身で、グリーグと親しく、グリーグがノルウェーの民謡を集めているのに影響を受けて、イギリスで民謡を集めました。のちにアメリカに渡りましたが、自分の作品に、採集した民謡をたくさん用いています。(吹奏楽でも有名な作曲家で、「コロニアル・ソング」は私もやったことがありますね。)グリーグは、グレインジャーのことを、「自分のピアノ協奏曲を、最もうまく弾く男」と評していたそうですが、そのグレインジャーによるグリーグのピアノ協奏曲の録音は、残されております。レオポルド・ストコフスキー指揮ハリウッド・ボウル交響楽団と共演したライヴ。これがまた、現代の常識的な演奏からすると、ものすごく速いテンポで、あっさりと、自由に弾いている演奏なのです。いかに、後の時代の演奏家が、グリーグの協奏曲を、重々しく、感動を押しつけがましく弾いているか、というのが明らかになります。どうぞ、グレインジャー/ストコフスキー/ハリウッド・ボウル交響楽団のグリーグの協奏曲をお聴きください。現代の演奏家が忘れているものが、ここにあると思います。

 もちろん例外もあるのですが、そんなわけで、作曲者本人のテンポは概して速いことが多いように思います。感動を押しつけてこないからだと思います。ベートーヴェンだって、録音は残っていませんが、交響曲に書き残したメトロノームのテンポは、かなり速いですしね。

 この原稿を書きながら、久しぶりに坂本龍一の「リタニ」を聴きました。その友人との思い出がよみがえり、胸がしめつけられるような感触に襲われました。ふだん、坂本龍一などほとんど聴かない私ですが、特別な思いのある曲は別だと、改めて思わされました。食事も、だれかと食べると、すごくおいしかったりします。音楽も、だれかと聴くと、ものすごい名曲になったり、思い出の曲になったりするのですね。

 以上です。

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