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ホテルにあえて汚れ物を忘れること

 大学生のころ、オーケストラをやっていました。東京大学音楽部管弦楽団でしたが、よく夏にツアーがありました。大学2年のときのことです。その年のツアーは、だいたい東海道・山陽新幹線に沿っていました。いま、手元に、その年のツアーの「バイブル」と言われる厚い冊子が見つかりました。それによると、習志野公演、新宿公演(この新宿公演は録音が残されました)、名古屋公演、豊田で「音楽教室」(音楽教室とは小学校で演奏することです。ツアーとはまったく違うプログラム、違う指揮者で行われました。東大オケはこのようにツアーの演奏会だけやっているわけではないのです)、京都で「音楽教室」、同じ日に尼崎公演、最後から2番目の日は広島公演で、最後の日が福岡公演でした。

(「バイブル」について少し脱線です。当時はインターネットも携帯電話もパソコンもほとんどない時代です。このように、ぶ厚い紙の媒体が頼りでした。これを持ち歩いて、行動したものです。ちなみにこのバイブルには「東京大学管弦楽団」と書かれています。正式名称は「東京大学音楽部管弦楽団」ですが、その当時は東大のオーケストラといえばこの団体がほぼ唯一だったので、こう書いたのでしょう。また、バイブルのなかには「Tokyo University Orchestra」と表紙に書かれたものがあります。東大って英語で「Tokyo University」じゃなくて「University of Tokyo」だということを知らなかったのかな?東大生って英語で「東京大学」って言えないのかな?それにしても「東大オケ」を英語で何と言うのかは私もわかりません。)

 そして、だらしがない(いま考えるとこれも発達障害)私は、広島公演の終わったあと、広島のホテルに、礼服のズボンだけ、忘れて来てしまったのでした!演奏会の本番で着る礼服のズボンです。福岡で困りました。そのツアーのプログラムは、多くの学生オーケストラのように、以下のようなものでした。「1曲目(短い曲)」「2曲目(中くらいの長さの曲)」「休憩」「3曲目(長い曲)」「アンコール」。私は1曲目だけの出番でした。そこで、3曲目だけの出番の人で、自分とズボンのサイズの合いそうな人を探しました。しかし、どうしても見つかりませんでした。

 やむを得ないことですが、2曲目だけが出番のホルンの同輩が見つかりました。だいたい私と同じくらいの背格好でした。彼からズボンを借りることになりました。しかし、1曲目と2曲目のあいだに休憩はありません。私はフルートとピッコロであり、下手(しもて)と言って客席から見て左側から出たり入ったりします。ホルンはときと場合によりますが、その演奏会では上手(かみて)で、客席から見て右に座っていました。私は1曲目の演奏が終わって舞台から降りるとすぐに、ズボンを脱ぎ、フルートとピッコロを持ったままダッシュで舞台の後ろを走り、上手の裏へ向かいました。そこには、友人がホルンを持ってパンツいっちょうで待っていました!そこであわててズボンをはいてもらって、ことなきを得ました。19歳のころのことです。いま考えても冷や汗の出るような話だなあ。(ごめんなさいね。この話、書いたことないつもりなのですが、もしも前に書いたことある話でしたらすみません。)

 そして、ツアーが終わり、東京へ戻りました。広島のホテルに電話し、忘れたズボンを返してもらえるよう、お願いしました。ちゃんと洗濯され、クリーニングもされて、きちんとたたまれて、送料も負担してもらって、戻って来ました。このときに私が思ったことです。旅行というものは、最終日のホテルに汚れ物をすべて、あえて忘れて来るといいのではないか?こんなにきちんと洗濯されて、戻ってくるのだから…。しかし、この作戦は、46歳になるいまも、実行したことはありません。学生時代の旅行も、また、教員だった時代の修学旅行も、汚れ物はすべてホテルに忘れてくればよかったのかもしれません。ただ、この話をあるホテルでの清掃をなさっていたかたにしたことがあります。普通、そのようにもし、ホテルに汚れ物がそれだけ忘れてあったら、びっくりするとのことでした。まだいるのではないかと思ったりするそうです。でも、この作戦は使えるのかもしれません。私は責任を負いませんけれども。

 昨年、滞在したある教会のシェルターでは、私は最終日に少し汚れ物を洗濯機のなかに忘れました。その教会の牧師先生が発払いで送ってくださいました。申し訳なかったです。

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