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おすすめの曲⑧:ゴーベールの「夜想曲とアレグロ・スケルツァンド」

先日の「どの道も奥深い」という記事にも書きましたとおり(リンクがはれなくて申し訳ございません)、私がじつは軽蔑していた「クイズの道」も奥深いのであり、「司書の道」も「聖書に出てくる植物」の道も奥深いのです。そのひとつとして、いろいろな楽器にある「その道だけでよく知られていて、その楽器をやっていない人には知られていない曲」すなわち、「業界曲」も、「奥深い世界」だと認識するようになっている私は、あらためて、この「おすすめの曲」という「フルート業界曲」を紹介するシリーズを続けよう、と思ったのでした。私は、「どういう話題が受けるか、どういう話題だと当たり前で、どういう話題だとマニアックすぎて興ざめか」という「見極め」のすごくへたな人間なので、おそらく読者はとても少ないのですが、かまわずに書くことにいたしますね。

(ここで「見極め」にかんする「豆知識」をひとつ、披露しますね。マーラーの交響曲第2番「復活」のスコアには、第1楽章のあとに、5分以上のあいだをあけるように、というマーラーの指示が書いてあります。これは、どれくらい「受ける」豆知識でしょうか?常識すぎるか、マニアックすぎるか…。指揮者のストコフスキーはこのルールにはやたらと忠実で、私の知る3つの演奏会、ロンドン交響楽団、フィラデルフィア管弦楽団、アメリカ交響楽団の演奏会で、いずれも、第1楽章と第2楽章のあいだに休憩をはさんでいます。余談おしまい。)

さて、本題です。ゴーベール(ゴベール)の「夜想曲とアレグロ・スケルツァンド」というフルートとピアノのための小曲をご紹介します。題名のとおり、ゆっくりした前半(夜想曲)と、テンポのはやい後半(アレグロ・スケルツァンド)の2つの部分からなる曲で、あわせて6分くらいの曲です。近代フランスの作品で、美しい和音と、美しいメロディ、はなやかなフルートのテクニックにいろどられて、なかなか聴きごたえがある名曲だと思います。

ゴーベールの作品は、第5回でフルートソナタをご紹介し、第7回でも、グルックの「精霊の踊り」をフルートとピアノに編曲した人物としてご紹介いたしました。今回で、ゴーベールの作品の紹介は、最後になるのではないかと思います…。

この時代に、このくらいの長さ、このような緩-急の2つの部分からなるフルート作品はたくさん作られたのでありまして、フォーレのファンタジー、エネスコの「カンタービレとプレスト」、カセルラの「シシリエンヌとブルレスケ」、ユーのファンタジー(第3回でご紹介しました)、ガンヌの「アンダンテとスケルツォ」、タファネルの「アンダンテ・パストラールとスケルツェティーノ」(この作品はやったことがあります。いつかご紹介できれば)、ビュッセルの「前奏曲とスケルツォ」など、いろいろ挙げることができます。ヴァイオリンが入りますが、第1回でご紹介しましたイベールの「2つの間奏曲」もこの仲間に入れられるかもしれません。

この、ゴーベールの作品は、私はやったことがあります。ソロの演奏としては、生涯のベスト・パフォーマンスになります。さいわい、録音が残っています。最初の2秒くらい、緊張のあまり音程が安定しませんが、吹いていて自分で「またオレ、あがっているな」と笑えたら、そこから緊張がほぐれて、絶好調となりました。前半の「夜想曲」で、「モルト・リタルダンド」(すごくゆっくりにする)と書かれてあるところがありますが、かなり精神的に余裕のあった私は、ほんとうにモルト・リタルダンドをしました。プロのフルーティストの演奏でも、こんなにリタルダンドしている演奏は聴いたことがありません(つぎのフレーズに向かって息を取らないためだと思います。私は息を取りました)。後半のアレグロでも、私の持っていた楽譜は(マルセル・モイーズ校訂?ルイ・モイーズ校訂?)、あきらかに音楽的におかしなところにブレス(息継ぎ)のマークが書いてありました。多くのフルーティスト、たとえばデボストも、また、フェンウィック・スミスも、楽譜通りに息を取っています。おかしいと思っていた私は、楽譜の指示に逆らって、ほんらいのフレーズの切れ目で息を取りました。納得のいく演奏になりました。

あとからひとづてに聞いた話ですが、めったにひとをほめない私の先生が、私の演奏を聴きながら、「音大を受ける子が、これくらい吹けたら…」と言っていたということでした。ほんとうにうまくいったのです。ほんとうにうまかったころの私の音の傾向ですが、おおざっぱに、「ニコレ」「デボスト」「パユ」の3人の偉大な(そして傾向の異なる)フルーティストの、だれに近い傾向であったかと言いますと、なぜか明らかにデボストに似ていました。(あわてて付け加えますが「デボストのようにうまかった」とは言っていませんよ!傾向として、この3人のうち、誰に近い傾向であったかと言えば、デボストになる、というだけの話です。音の傾向の話です。)

これはいまから20年以上前の発表会での話であり、いまから20年ちょうど前くらいに、いま考えれば発達障害の二次障害である精神病をやった私は、それから、以前のようにうまくフルートが吹けなくなり、いくら練習しても、ベホベホの、カスカスの、スカスカの音しかしなくなり、この20年間、どれほどくやしい思いをしているかわかりません。でも、この日の録音が残っていることだけでもありがたいです。私がかつてはうまかったことの証拠ですから。

さて、この曲を純粋に鑑賞なさるかたのためのガイドを書きますね。上記の、ミシェル・デボストがレコーディングしています。デボストは、パリ音楽院管弦楽団、パリ管弦楽団で首席フルート奏者を務めた偉大なフルーティストです。この録音は「適当に一発どりしました」みたいな録音であり、その適当さもデボストの魅力だと私は感じますが、細かいことはどうでもいいので、たんなるBGMとしてでもお楽しみください。上記の「緩-急のフルート曲」のほとんどが収録されています(というか、さっきは、そのCDを見ながら写しました)。有名なフルーティストでは、ゴールウェイが録音しています。ゴールウェイも、適当に吹き飛ばしたかのような録音ですが、もちろんうまいです。それから、この曲は、オーケストラ伴奏がオリジナルだと思いますので(私の先生によれば)、オーケストラ伴奏の録音としては、ウィリアム・ベネットの録音がよいでしょう。ただしベネットのアルバムは、フォーレのファンタジーが、編集ミスで、音が飛んでいますけど。

最後にひとこと。考えてみると、こういう曲は、フルートの発表会とかで、まとめて聴くことができますね。それで、フルートでなくても、どんな楽器でもいいですので、「発表会」を聴きに行くことをおすすめします。発表会ほどおもしろいものはないです。ちょうど「NHKのど自慢」を見るのと同じ感覚です。ものすごくうまい人が出て来て、感心することもあれば、おどろくほどへたな人が出て来て笑えることもあり、若者からお年寄りまで出て来て、しかし、みんなこの日のためにがんばって練習してきたのであり、もう、笑いあり感動ありハプニングありで、自分の出る発表会はたいへんですが、自分の出ない発表会は気楽なもので、とにかく楽しいです。私の出た発表会で、高木綾子さんが出たこともあり、「将来の有名演奏家の卵の、若いころの演奏」が聴けることもあります。ついでにおもしろいのがアマチュア・オーケストラの演奏会で、これもみんな真剣に練習してきていますし、アマチュアの世界には、ときどき、びっくりするような個性的な指揮者がいて(末永隆一さんとか)、まずプロでは聴けないような個性的な名演に立ち会えることもあります。さらに、協奏曲をやる場合、かなり著名なソリストが来ることがあり、おどろくほどの有名ソリストが、かなり安い値段で聴けてしまうという特典もあります。話が脱線しましたが、「発表会を聴きに行く」って、なかなかたのしいですよ!無料ですしね!以上です!

※2023年6月17日の付け足しです。最近、この曲の、パユによる演奏のYouTubeを見たのです。かなりがっかりしました。上述の「いい加減な」プロの皆さんの録音にひけを取らないくらいに「いい加減な」演奏であり、おそらくリサイタルの一部を誰かがアップロードしたものでしょうが、かなりのがっかり演奏です。「一流シェフの料理と、奥さんの愛情料理と、どちらがうまいか」で、圧倒的に前者だという意見を最近、読みましたが、このパユの演奏は、「一流シェフの手抜き料理」という感じでした。それだけを付け足ししました。なお、現在の私は「どの道も奥深い」というこの記事に書いてある意見を疑りつつあります。以上です。

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