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シベリウスの後期作品と北海道の湖

 私は、オーケストラをやっていました。私がマーラーに目覚めるのは遅かった話はしました。ブルックナーに目覚めるのも遅かったです。ブラームスだって遅かったと言えます。しかし、ラフマニノフは早く、武満徹(たけみつ・とおる)は早かった。ハイドンも早かったと言えるでしょう。今回、書こうとしているシベリウスも、早かったほうだと言えそうです。

 シベリウスの作品に初めて出会ったのは、中学くらいのときです。父が買っていた、アシュケナージ指揮フィルハーモニア管弦楽団による、交響曲第2番、カレリア組曲、フィンランディアという、今思えば、通俗名曲の入ったCDです。これは、耳なじみがよく、聴いて感じのよい音楽でした。そのころの私は、まだまだ本格的なクラシック音楽を聴いておらず、なぜか父と同じタイミングで買ったマーラーの「大地の歌」(バーンスタイン、イスラエルフィルほか)が好きになれないとか、リヒャルト・シュトラウスの交響詩(カラヤン、ベルリンフィル)も好きになれないなど、ハズレを引いてばかりいました。

 私は、耳で聴いた音楽は、メロディ、コード、ベースラインも含め、すべて、楽器を使わずに、耳だけで取れているので、「フィンランディア」は「採譜(耳コピ)」したと思います。芸大作曲科志望の同学年の仲間のところへ行って、遊んだ記憶があります(彼女のその後は知りません)。また、フィンランディアは、大学1年のときに、学祭でやることになったり、また、教会に行くようになって、そのメロディは、讃美歌になっていることを知ったり、いろいろありますが、私がはじめてシベリウスの後期作品に目が(耳が)開いたのは、大学2年の夏、19歳のときでした。アシュケナージの指揮する第6番を聴き、感動したのです。いままで知っていたシベリウスは、なんだったんだろう。こんなに美しい音楽があるなんて。

 ほどなくして、シベリウスの交響曲第4番は、ストコフスキー指揮のフィラデルフィア管弦楽団のモノラル録音で、知ることになりました。美しい曲だと思いました。いまでも、いちばん好きなシベリウスの作品は、交響曲第4番かもしれません。そう何回も聴きたくなるような音楽でもないのですが、ふしぎな魅力に満ちています。

 シベリウスの作品には、初期、中期、後期の作品があると思います。ここで取り上げたいのは、後期の作品ですが、もうシベリウスは独自の世界に行ってしまっており、なぜか知りませんが、音だけで、「北国」を連想させる音楽を書くようになっていました。私がシベリウスに目覚めて間もないころ、北海道へ遊びに行きました。北海道の湖を見たときに、しきりにシベリウスの後期交響曲が思い出されたのです。第6番は、朝の湖。第5番は、昼の湖。第4番は、夜の湖です。陳腐なイメージでしょうか。しかし、私は、シベリウス開眼まもなくのこのイメージを、いまでも大切に持っています。

 もちろん、他の曲もすばらしいです。第7番は、単一楽章の作品ですが、シベリウスの魅力を伝えてやまない名曲です(シベリウスの交響曲は7番までです)。「タピオラ」という作品も後期の作品で、シベリウスの魅力にあふれています。(タピオカじゃないですからね。タピオラですよ。)第1番は、ある市民オーケストラでやりかけましたが、第2番同様、初期の作品と言うことができそうです。明るい第2番に比べて、ドラマティックな曲です。第2番も初期の作品と言えますが、演奏効果が絶大で、私も、気分がすっきりしたいときに、第2番を聴くことがあります。第3番は、私のなかでは受容の遅れた曲ですが、中期の作品と言っていいのではないかと思います。大げささがない名曲だと思います。有名なヴァイオリン協奏曲も、中期の作品でしょう。

 シベリウスの交響曲を、奇数番号作品と、偶数番号作品にわけるやりかたは、私の実感ですが、北欧音楽マニアの友人に、多少、それはあるだろうと言われました。私は、たしかに、シベリウスの交響曲は、偶数番号の曲から、なじんでいったのです。

 シベリウスの後期作品の魅力を言葉にするのは、想像以上に難しいと感じています。フィンランディアを「採譜」した話でもお分かりいただける通り、シベリウスの初期の作品は「常識的」であり、採譜できるのです。いや、中期、後期の作品も、採譜できるのでしょうが、だいぶ独自の世界に行っています。スクリャービンも、初期の作品のほうが常識的で、あとの作品になるほど独自色が強くなりますが、シベリウスもそうです。そして、後期シベリウスは、感動を押し付けて来なくなります。北海道の湖が、「感動させよう!」と思っているわけではないのといっしょだと思います。「大自然の音楽」のようになっていきます。このシベリウスの音楽の特質が、生きる場面がありました。教師の時代、「採点」というのは、大仕事のひとつでしたが、よく、シベリウスの交響曲を、1番から7番まで、繰り返し繰り返し聴きながら、採点をした覚えがあります。これがどういうわけか、ブルックナーだと、邪念が入って、採点のじゃまになったのです。シベリウスの音楽は、じゃまして来ませんでした。
 
 シベリウスの音楽に興味を持たれた、はじめて聴くかたへ。どうおすすめしてよいか、わからないのですが、まず、まったくシベリウスの音楽を知らないかたには、「フィンランディア」や「トゥオネラの白鳥」、「カレリア」組曲や「悲しいワルツ」などの、初期の通俗名曲をおすすめします。バカにしているつもりはありません。これらの曲は、ほとんどの人には書くことのできない真の名曲ばかりです。ちなみに、「トゥオネラの白鳥」は初心者向けと言っていいと思いますが、それを含む「4つの伝説」全体となると、マニア向けになりますので、ご注意ください。クリスチャンのかたには、「フィンランディア」は、「讃美歌音楽」ですね。
 さて、これらの曲はだいたい聴いて、さらに交響曲も第2番あたりは聴いているかたへ。こういうかたにこそ、後期作品をおすすめするべきだと思われます。交響曲の第4番、5番、6番、7番あたりは、おすすめするに値すると思います。ただし、よくない演奏にあたると、台無しになるのも事実です。比較的最近、聴いたものでは、コリン・デイヴィス指揮ボストン交響楽団の第6番は、まったくよくなかったです。私が学生時代に流行していたものは、パーヴォ・ベルグルンド指揮のヨーロッパ室内管弦楽団の全集です(あるいはヘルシンキ・フィルを指揮した全集)。ただ、ベルグルンドは、あくまで盛り上げようとしないため、第5番のような曲では、ちょっと物足りない感じがします。カラヤンの録音も人気がありました。ほんとうに私がおすすめするのは、アブラヴァネル指揮ユタ交響楽団なのです。1番、4番、5番、6番、7番を聴きましたが、最高水準です。しかし、おそらく入手が難しいのでしょう、私以外の人で話題にしている人は会ったことがありません。2020年11月19日現在、YouTubeでは、鑑賞可能になっています。
 ひいきのストコフスキーも挙げますと、さきに述べたモノラルの4番のほかに、同じフィラデルフィア管弦楽団を指揮した4番のライヴ録音があります。第4楽章のチューブラーベル(鐘)の使い方が異なります。それぞれのよさがあり、また、私は、この曲の第4楽章のテンポは、これくらいがよいと思っています。ストコフスキーは、シベリウスの交響曲第5番、第6番、第7番、「大地の賛歌」をアメリカ初演し、第4番は、世界初録音しました。また、「彼の交響楽団」を指揮した第1番は、壮年期のストコフスキーのすごさを伝えるすさまじい録音で、作曲者の感謝の手紙が残っています。

 そういうわけで、シベリウスは、かなり長生きしたにもかかわらず、人生の途中で、作曲をやめてしまいました。山小屋に奥さんと住んで、自分の作品がラジオで放送されるのを聴いていたと言われます。いっぽうで、シベリウスは、つねに新作を書こうとしていたとされる話もあり、真相はわかりません。

 シベリウスを、「ベートーヴェン以降、最も重要な交響曲作家」と言った有名な評論家もいます。そうすると、ブラームスは?とかいろいろ言いたくなりますが、それくらい、シベリウスは評価されています。わざわざ私が言うまでもないことなのですが、その意見に思わず納得してしまうくらい、シベリウスの交響曲は、魅力的です!

 本日は、このへんまでです。ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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