風鈴

ガラスの鳴る音で目が覚めた。
薄青の夜の闇に響く澄んだ音の尾が、夢のあわいを撫でて通り過ぎていく。
枕につけた頭の下が、うっすらと汗をかいている。息を吸い込むと、生ぬるい空気が身体の空洞を満たしていった。

今は何時だろうか。
開いているのかどうかよくわからない瞼の下で時計の針を見つけるより先に、窓際でもう一度音が鳴った。
水に投げ込まれた小石のように、高く細い音が凝固した空気に静かに波紋を描く。

風鈴が鳴っている。
江戸硝子の、古風なデザインのものだ。酷暑だった去年の夏に東京のデパートで買い求めたもので、今年は梅雨の始まりのころからすでに窓際にぶら下げている。
カーテンレールにフックをひっかけて吊るしている。窓を開けていれば、入ってきた風が揺らして音を出してくれる。

音のする方へ身体を向けた。汗をかいた身体が空気と触れて、決して寒くは無い冷たさのような、奇妙な感覚が首元から背筋に流れていく。
うっすらと湿ったタオルケットは腰にからまりもつれている。跳ねのけようか被りなおそうかと思ったが、寄せては返す穏やかな眠りの波が、砂に描かれた文字のように思考を音もなくさらっていった。

風鈴の音が鳴る。窓の外に灯る街灯の明かりを閉じ込めて、きりっぱなしのふちを白く光らせる硝子の風鈴が、糸のように細く開かれた瞼の向こうで夏の夜の風に揺れている。
今にも目を開けて、まるでしずくのようにガラスに溜まった透明な光を見たいと思う。夜のなかに今にもこぼれおちそうな、淡くほのかな光。
どこまでも透明な硝子の笠の下、光は風を受ける紙切れの短冊へと吸い込まれていく。

#小説 #超短編

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