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イナカの子(7)

イナカの日常と非日常


【第7話: 森の神と雪の神】

少女アラタは、高校生。

イナカの子供が進学する時、
その選択肢は都会より狭い。

幸いな事に、アラタの成績は
上位の部類だったので、
いくつかの高校を見学し、
進む道を決めた。

ローカル線で、一駅先。
市境の峠に穿たれたトンネルを
抜け、山を下り鉄橋を越える。
それは、撮り鉄にはちょっと
人気の撮影スポット。
菜の花の咲く季節には、
多くの鉄ヲタが三脚を担ぎ
河原に集まり列車を待つ場所。

河を越えると、線路はぐっと
直角にカーブし、北へと向かう。

長い!

都会の電車なら、ここまでに
3つは駅を通過しているだろう。

つまりは、アラタが選んだ高校は
街の子だったアラタが移り住んだ
イナカの町より更にディープな
『シン・イナカ』と呼べる程、
山奥にある。

奥地と言えど、その町は大きい。
由緒ある旧い町並みや、
大きな企業もたくさん在って
ちょっと都会の匂いを持っていた。

同じ列車で通学する友人は、
アラタよりも3駅早く乗っている。
始発の駅を、街度100とすれば、
彼女の最寄り駅は、街度90。
始発から離れるほど、イナカ度は増すが、
アラタの最寄り駅をMAXに、
市が変わってまた街度は
90程度まで盛り返す。

とは言え、街っぽいのは
官公署や大型商業施設が並ぶ
駅周辺に集中し、駅前から
自転車に乗り換えたJKたちは
スカートを翻し、学校へ走った。

一級河川の長い橋を越えたら、
景色は一気に山奥感を増す。

目の前に聳える山々は急峻で、
その一角の低山だけが、
こんもりと濃い緑に覆われ、
どこか神聖な雰囲気を醸していた。

アラタがこの高校を選んだ理由に
この山の存在もあった。

同じ学科を学べる高校は、
街度100の場所にもあったが、
見学に訪れたアラタの心は
この不思議な山の景色に何故か
魅了されてしまったのだった。

その山は、原生林の森だった。

稀少な動植物が生息していて、
手厚く自然保護が成されており、
勝手な立ち入りが許されない。

近くの道から見上げると、
誰もがあの○蟲とか、ト○ロとか
人の顔をした大角の鹿などが
現れそうな畏怖を抱く。


学校は、その麓に有った。

窓から見る景色は、どの棟の窓も
すべてが濃厚な緑一色。

退屈な授業に飽きた生徒が
フと窓の外へ目をやれば、
野生の鹿と目線が合うなど、
日常茶飯事と言うわけだ。

一度、生物部が調査に入り、
何と、新種のキノコを発見した。

イナカもここまで来ると、
ハンパなイナカとは一線を画す。


ある日の昼休み、
アラタが学食へ昼食に向かうと、
食堂のおばちゃんが、何やら
真剣な顔で外を見ていた。

「どうかしました?」

コロッケ定食を希望するアラタが
思わず声を掛けると、
おばちゃんは鋭く、
「シッ!」と
人差し指を口に当てる。
「?!」
驚いておばちゃんの視線を辿る。

「… キツネ?」

鹿とタヌキは良く出るが、
キツネは少し、レアキャラだ。

「さっきな、キツネうどんの
お揚げさんを投げたんや!」

おばちゃんは、キツネを見つめて
そうアラタに囁いた。

「はー、なるほど」

「せやのにな、あのキツネ
お揚げさん食べようとせんのよ」

「へぇー?キツネやのにね」

「そや、キツネやのにな!」

キツネはお稲荷様のお使いで、
油揚げを好んで食べる。

日本人は何となく、
そんなイメージを刷り込まれて
しまいがちだが、
本来キツネは犬科の肉食獣。
大豆で作ったお揚げさんより、
親子丼の鶏肉が好みらしい。

後日、キツネの食性研究者の
おばちゃんから、
アラタにそう報告が入った。

※野性動物の餌付けはやめましょう。


三学期末、進級を賭けた
学年末試験の日は、
朝から凄い大雪だった。

辺鄙な土地に建つ、古い高校は
生徒の通学も遠くなる。

それでも、年イチの重要な試験。
生徒たちは、散々苦労して
それぞれ開始時間までに
学校へとたどり着いた。

バスや自家用車利用者は良いが、
自転車組と徒歩組は、
雪を全身にこびりつかせて
誰と挨拶したのか判別出来ない。

「あーーー、寒っ!!」

「遭難するかと思たわ!」

口々に不満を吐きながら、
それでも試験の準備を始めた。

予鈴が鳴り、先生がやって来る。

「えーーー」

冴えない担任の男性教師は、
おちょぼ口を更に尖らせて
目線を上げずにこう言った。

「大雪のため、先生方が大勢
お休みされるので、
試験は延期と決定しました。」

その一瞬、
教室は重い沈黙に支配された。

「… なので、皆さん気を付けて
事故に遭わないよう帰ってくれ」

生徒たちは、無言で外を見た。

窓の外は、さっきより酷い
横殴りの吹雪と化していた。

「ウソやろぉーーーーっ!💢」


今から思えば、あんまりな話だ。

必死で登校した生徒たちは、
決死で帰宅を余儀なくされた。

アラタと友人は、自転車の車輪が
半分まで埋まる雪の中を、
自転車を押して駅へと戻った。

「寝るなー!寝たら死ぬで!」

などと、ふざけたつもりでも
シャレにならない寒さ。

女子の制服はスカートで、
タイツは禁止、スパッツなど
まだ世間に存在していない。
薄い肌色のストッキングは、
この際、素足と大差無い。

ヒイヒイ言って、
二人は何とか駅に着いた。

自転車預かり店のバーちゃんが、
親切にタオルを貸してくれた。

「あー、間に合ったな!」

本数の少ないローカル線の、
昼の列車に間に合った。
二人は戦場帰りのように、
肩を抱き合い、互いを讃える。

しかし。

「悪いなぁ、お姉ちゃんら」

駅員の男性が、(この駅は有人駅)
帽子を軽く上げて謝罪する。

「ホンマにすまんけど、
この雪やろ?汽車止まったねん」


二人の女子高生は、
絶望の鐘の音を聞いた。

ガーーーーン!🔔😭


途方に暮れる二人。

携帯が無い時代だから、
駅の公衆電話から家に電話する。
友人の家は、共働きで留守。
アラタの家には、車が無い。
(あってもこれでは走れない)

「どーする?」

顔を見合せ、同時に決めた。
駅の側に、ものすごく古い
お好み焼きの店がある。
かなり高齢の、小柄なお婆さんが
一人でやっている店だ。

少女たちは、そこへ逃げ込んだ。
なけなしの小遣いで、
それぞれお好み焼きを頼んだ。

「へえ、この雪で難儀したなぁ」

店主の老女は、凍えた少女たちに
熱いお茶を出してくれた。

湯気の温かさが有り難く、
二人は心底、老女に感謝した。

「汽車がいつ来るかわからん
けど、それまでゆっくりしとき」

熱い鉄板に手を翳しながら、
二人のJKは“人情”を知る。

ソースの香ばしい香りがして、
美味しそうなお好み焼きが
二枚焼き上がった。

美味しそうなものを目の前に
笑顔の少女は最高に美しい。

「いただきますっ!!」

熱々のお好みをフーフーして、
一口味わった時だった。


「… 今、何か聞こえた?」
「え?」

吹雪の音に紛れて、
かすかに聞こえたのは、
遠い踏切のカンカン音…

「!!っ」

また、二人は顔を見合せた。

「おばちゃんっ!汽車来たっ!」

「えー?おばちゃん耳がのぅ」

「ゴメン!お金置くから!」

「待ちぃな。ホレ、パックに
入れたるから持って帰りぃ」

「ありがとー!おばちゃんっ!」

「絶対にまた、食べに来るで、」

「へぇへぇ、いつでも来てなぁ」

通学カバンと、マフラーと、
熱いお好み焼きと、人情を胸に、
少女二人が駅へと走る。

大雪の中、ノロノロ走る
ローカル線よりも速く走った。


それから、卒業までの間、
おばあちゃんのお好み焼き屋は
二人の憩いの場所となる。

菩薩のように優しい店主と、
美味しい大きなお好み焼きは、
青春時代のシンボルとして、
今も彼女らの心に残っている。






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