新刊『イザベラ・バードと侍ボーイ』発売
まもなく新刊が出ます。2月20日発売の集英社文庫書き下ろし『イザベラ・バードと侍ボーイ』です。ちょっとばかり長くなりますが、その裏話を書きますので、おつきあいください。
イザベラ・バードは実在したイギリス人旅行作家です。明治11年の初夏に来日し、欧米人の未踏の地に行ってみたいからと、あえて東北の山間部の山里を訪ね歩き、北海道のアイヌの村まで足を伸ばしました。でも梅雨が長い夏だったようで、来る日も来る日も雨にたたられ、馬で進む山道はぬかるんで、たいへんな旅でした。これに通訳として同行したのが、イザベラがイトーと呼ぶ20歳の若者です。
イザベラはイギリス帰国後『日本奥地紀行』という本を出して、好評を博しました。でも日本語訳を読むと、ひどい書きようで、山里はまるで未開の地で、そこに暮らす日本人は未開人扱い。そんなにボロカスに書くくらいなら行かなきゃいいのにと、腹が立ってきます。同行したイトーも、さぞや苦労だったことでしょう。
そんなイザベラ・バードに最初に興味を持ったのは、今を去ること21年前。当時、私は歴史文学賞をいただいたばかりで、フリーランスのライターとして、「こんにちは」という三井不動産の住宅情報誌で、ときどき巻頭の特集ページを書かせてもらっていました。
その企画会議に出すために、いい題材はないかと探していたところ、山形県金山町の取り組みが建築学会賞を取ったと知りました。金山町は山形県最北端に位置し、林業が盛んなのですが、山をひとつ越えると秋田県で、同じ山の杉なのに向こうは秋田杉ブランドで、こちら側と価格が違うという悩ましさを抱えていました。
そこで金山杉もブランド化したいという思いから、町内で家を建てるときに、地元の木材を使って伝統的な外観を継承すれば、いくばくかの助成金が出るという仕組みを作りました。それが功を奏して、しだいに美しい町並みが形成され、いつしか町の活性化にもつながって、建築学会賞受賞に至ったのです。
金山町は、かつてイザベラ・バードが訪れた町のひとつでした。それで初めて『日本奥地紀行』を読んでみたのですが、ほかの地域では大辛口のイザベラが、ここを絶賛していたのです。要するに金山町としては、イザベラに誉められた景観を取り戻そうという意識も、あったのでしょう。
その辺に興味を惹かれて、私は「こんにちは」の取材に出かけたのですが、そこは、とても美しい町でした。町のいたるところに澄んだせせらぎが流れて水音が響き、新しい住宅は魅力的な古民家風。下は「こんにちは」2003年11月号から複写した写真です。オリジナルの撮影は大野二美雄さんというカメラマンでした。
以来、金山町だけでなく、いつかイザベラの旅の全域を小説にしたいという思いが残りました。そうしているうちに幾年月が過ぎ、一昨年に集英社文庫の編集者と相談して、ようやく小説化を決めました。山形県内や日光には改めて取材に出かけました。
ところが書いてみると、意外な落とし穴がありました。『日本奥地紀行』が面白くて、そっちに引きずられてしまうのです。編集者と相談を重ねつつ、何度も何度も書き直し、最後には真冬の北海道にまで取材に出かけました。自分で納得できる形に至るまでに、かなり苦労した作品です。
集英社の冊子「青春と読書」で『イザベラ・バードと侍ボーイ』について、2ページでエッセイを書かせていただきました。エッセイ、文庫ともども、興味を持って頂ければ幸いです。
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