サンプリング・ソースとしてのダンスホール・レゲエ
私はダブが好きで、自分の中で熱いジャンル(例えばツー・ステップ・ソウルのように)が特に無い時期はなんとなくダブのCDやLPを買ってしまうのがここ数年の癖になっています。
基本はジャマイカ産のルーツ・ダブですが、ときどきそれだけでは物足りなくなって非ジャマイカ/非レゲエ系のダブ物に手を出すこともしばしば。もともとロックやソウルを聴いていたのでそちらのほうがむしろ馴染みがあるというか…'80年代にニュー・ウェイヴ系の音楽を聴いていたのがダブ好きになる要因になったのかもしれません。
そんな流れで、2010年代の終わりによく聴いていたのがオレゴン州ポートランドを拠点とするザムザム・サウンズ(ZamZam Sounds)・レーベルの関連作。ヒップホップやクラブ・ミュージックを通過した以降の感覚でダブの音響的快楽-重低音と残響-を追求しているところに魅かれました。
ザムザムの中でも、レーベル主宰者のE3と、その相方的な存在だったオルター・エコーが特に好きで、彼らの新作リリースが途絶え気味になった2020年以降はこの辺を追うのも怠けるようになってしまったのですが、今回取り上げたいのはザムザムと関係の深かったブリストルのラヴァラヴァ(LavaLava)・レコーズから2018年にリリースされたモスカの7インチ。
モスカは本来ハウス/UKガラージ系の人で、通常は4つ打ちのトラックを制作しているようですが、今作はレーベルに即したデジタル・ダンスホール/ダブ。特にB面の"Fever Version"に魅かれました。ゆったりしたテンポのビートに、ホーンとベースの中間のようなシンセが尺取り虫のようにうねり続ける中、様々なエフェクトが現れては消えるナンバー。
レゲエの曲でサンプリングして使われた曲というとブレントフォード・オールスターズの"Greedy G(ジェイムズ・ブラウン"Get On The Good Foot"後半のインスト・パートをカヴァーしたもの)"、声ネタとして知られるデイヴ&アンセル・コリンズの"Double Barrel"、レゲエ界でも定番のアンセル・コリンズ"Stalag 17"あたりをイメージしていたのですが、これらルーツ期の作品ではなく、"コンピュータライズド"以降の音源をサンプルしてしまったところが新鮮でした。
今は亡き下北沢のDISC SHOP ZEROで買ったものですが、当時の同店のHPにはキング・タビーのファイアハウス・レーベルにオマージュを捧げたもの、といったコメントがありました。オマケのステッカーのデザインも燃える家=ファイアハウスをイメージしたものなのでしょう。
キング・タビーはダブのオリジネイターとして知られ、日本で出回っている作品もルーツ系の生演奏トラックをミックスしたダブ作品が圧倒的に多いのですが、'80年代のこの時期は弟子から独り立ちしたキング・ジャミーに負けじと打ち込み/シンセ系のダンスホール物をつぎつぎとプロデュース。当時拠点としていたレーベルが自身のファイアハウス/ウォーターハウス・レーベルでした。
調べてみたところ、実際に"フィーヴァー"というリディムがあり、今作はその曲のいずれかをサンプリング&加工して作られているらしい…大本の"Fever"はホレス・アンディが'72年にリリースしたもののようですが、ダンスホール期に人気だった「フィーヴァー・リディム」はそれのリメイクとのこと。同リディムの曲(アレンジ、オカズが微妙に違う)もたくさんあるので調べるのは骨が折れましたが、執念で判明したのがコートニー・メロディ"Ninja Mi Ninja"でした。
この曲を調べているうちにデジタル・ダンスホール(の打ち込みトラック)への抵抗感も薄れ、愛聴するようになったのがファイアハウス・レーベルの曲を集めた編集盤。タビーのこの頃の作品はアナログ音源のシンセ類が中心だからなのか、いま聴くと不思議とヴィンテージ感があって気持ちいいです。
このアルバムを聴いていて気になったのが、コンロイ・スミス"Original Sound"ほか3曲のイントロでシャウトしている男性。それは"イントロ・マン"ファジー・ジョーンズ(本名アルティ・サーモン)でした。
ファジーは'80年代後半から'98年に交通事故で亡くなるまで、イントロのスペシャリストとして多数のレコーディングに参加していた人。彼の他にもジョー・リックショットやジャッキー・ノックショット等のイントロ・マンが居たそうですが、甲高い独特の声質、始めて数秒で耳を引き付ける威圧するようなトーン、複数の声色や効果音も声で表現する多芸ぶり…などから飛びぬけて人気が高く、サウンドクラッシュの現場(ダブ・プレートのイントロ)から商業用のスタジオ・レコーディングまで多数に起用されています。
'88年には全曲(!)にファジーのイントロをフィーチュアしたタビー関連作のコンピレイションが2タイトルリリース。当時の人気ぶりがうかがえます。
彼の声はどこかで聞いた記憶があるなあと思っていたのですが、それはブートキャンプ・クリック一派のヒップホップ・グループ、スミフン・ウェッサンの曲"Sound Bwoy Bureill"にてでした。
リアルタイム当時はスミフン~のメンバーやプロデュースのダ・ビートマイナーズの二人と同様にブルックリンに在住しているジャマイカンを呼んでイントロでだけシャウトしてもらったのだろうと思っていたのですが、サンプリングだったとは…いまアルバムのクレジットを丹念に読み返してみてもそれらしき記述は全くなし。米版レッド・ブル・アカデミーの記事にファジー・ジョーンズを特集したものがあるのですが、そちらに載っているDJイーヴル・ディー(ビートマイナーズ)のインタビューによると、彼らはカリブ(正確にはベリーズ)出身の両親の影響を受けていて、自らのレゲエのレコード・コレクションの中から選んだ曲からサンプリングして作った曲だとのこと。
実際にサンプリングされた曲が何なのか確認するのもなかなかの作業でしたが、ようやく判明したのが
イントロ部分:クレメント・アイリー"Ku You Sound Boy"
間奏部:キング・エヴェラルド"Dance Hall Business"
の2曲でした。どちらもキング・ジャミーがプロデュースしたコンピレイション"Electrocutioner"に入っている曲なので、イーヴル・ディーが使用したのもこのアルバムなのでしょう。
スミフン~の曲ではオリジナルのイントロ音声に更にエコーやリヴァーヴをかけて、地獄ですごむ妖怪のような妖しさ、迫力を増しているようにも感じます。
ファジー・ジョーンズの声の力に注目したアメリカ人はもう一人居て、それがカニエ・ウェスト。2012年のシングル"Mercy"ではスーパー・ビーグルの"Dust A Sound Boy"のイントロのファジーの声を使用しています。
ファジーのイントロをもっと聴いてみたいという方にはこちらのコンピもオススメします。40曲!収録されているうちの4曲ですが。
そして、この原稿を書いている最中に知ったのですが、日本でもファジーの声に注目していた人が! ヤンさん、さすがのマエストロぶりです。
このアルバムはリアルタイム当時聴いているはずなのですが、全く記憶にない…スミフン・ウェッサンのアルバムより更に3年も早いし、ファジーの存在自体も知りませんでしたしね…ライヴ時はスティール・ドラム抜きのアレンジに変更されているようですが、そちらでもファジーの声は生かされています。原曲は"King Tubbys Presents Soundclash~"のパート2のほうに収録。
ダンスホールのトラックを使用しているといえば、前回取り上げたジャスト・アイスのシングルもそうでした。
もっともこの曲はサンプリングして別の曲を作ってしまうというよりは、ダンスホールのヒット曲をカラオケとして使用して、その上で自身のリリックを新たにラップして加えた-というような作りですけどね。最初の1分ぐらいは原曲のアドミラル・ベイリー"Big Belly Man"の替え歌状態。
ジャスト・アイスのこの曲は全部で4つの曲のリディムが次々と入れ替わっていくところがミソなわけですが、そのうちの2曲は同時期にスリーピング・バッグ(ジャスト・アイスが所属していたフレッシュ・レコーズの親レーベル)から出されたダンスホールのコンピレイションの収録曲。そのコンピのライナーによると、これらのダンスホールのヒット曲がアメリカ盤として発売されるのはこの盤が初だったそうで、もしかして"Na Touch Da Just"はそのプロモーションも兼ねての曲だったのかなあとも思えます。それならイージーというか、多少強引な曲の構成にも納得いく気が。
この後のNYでは、レッド・アラートのようなヒップホップ系のDJがラジオ番組でダンスホールばかりかける時間を設けるようになったり、ボビー・コンダースやサラーム・レミのようにレゲエの影響が明らかな人がプロデューサーとして活躍するようになったりで、ダンスホール的な音作りも定着していくようです。ジャスト・アイスの上記シングルもロングビーチのミクスチャー・バンド、サブライムに大きな影響を与えたそうで、アメリカでのジャマイカン・ミュージックの伝播に一役買ったということになるのかな。
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