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真実

 わたしたちの夏は、雨からはじまった。

 それも、とんでもない豪雨だった。

 全てが洗い流されるような、虚飾を剥離するような、雨だった。

 風はほとんどなかった。

 雨は、横殴りになることもなく、ただ、ただ真っ直ぐに、

 地面に打ち付けられていた。その音が煩かった。

 雷が鳴っていた。幾度となく、閃光が、雨雲に輝き、轟音が落ちた。

 家は震え、室内は、何度も明るくなった。

 目をしばたたいて、一瞬にして暗闇に戻った、室内を、そこはかとなく見遣る。

 黄昏時の雨は、この世界を、とんでもなく暗くしていた。

 君が、部屋の対角線に座っている。はずだった。それは見えなかった。

 雷鳴。雨が、屋根をえぐる。

 またも、閃く黄色。

 君の顔が見える。

 笑っているような、泣いているような、判然とはいえないけれど、

 不幸せな顔ではなかった。

 喜びもなく、悲しみもない。

 それゆえに、なんとも、形容し難い、落ち着きのある顔だった。

 ガラスが割れる音と、鉄の板が地面に叩きつけられる音が合わさったような、

 響きと、砕けがあるような雷鳴。

 近くに落ちたということが、地面を伝わって、わかる。


 この雨は、真実を、洗いざらい、顕にする雨だ。

 と君が云う。

 この雨が過ぎれば、世界は、真実を発見する。

 この雨が降る前が、全て、噓だったと云うわけでも、虚妄だったと云うわけでもない。

 真実の上に、虚飾という名の、ヴェールが覆いかぶさり、

 人々が、真実を、知覚できなかったと云うことだ。

 この雨が過ぎれば、その虚飾が全て剥がれ落ち、

 人々は、世界は、ようやく真実を発見する。

 それだけのことだ――

 君が、悠然と、云った。

 閃光。

 雷鳴。

 雨の音。

 世界を穿つ雨は、まだ、降り止むには早すぎる。

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