大洋
雨はからきしやんで、
教会の大きくあつらえられたガラス窓から、
刺すように鋭い陽光が、突入してくる。
浸水が始まったので、わたしは、その窓ガラスの手前、
ちょうど人が一人座れるくらいのスペースに移動していた。
人々が腰をかけるベンチは、没して、歪んで見える。
パイプオルガンはもうだめだな。五百年ものなのに、もったいない。
今回の雨で、海水面は十メートルは上がっただろうか。
この数年で、一番の降水量だった。
うちの教会が沈めば、この国に、もう後はないだろう。
海水は、谷を越え、内地に流れ込む。
わずかに残されるのは、剣のように聳え立つ不毛の高山だけだ。
あーあ、神に仕える職業に就けば、
もしかしたら、
運よく救われるかも知れない、
なんて、思っていたけれど、
そんなことなかったな。
いや、神様がいなかったんじゃなくて、
単純に、わたしのその浅はかな考え方がお気に召さなかったのかも知れないな。
もういいや。
この調子じゃ、祈りに来る人もいないだろうし、
全部、脱ぎ捨ててしまえっ。
わたしは、一糸と纏わぬ裸になってから、眼下の水へ飛び込んだ。
海水とはいっても、幾度とない降雨で薄まっているから、それほどしょっぱくない。
目を開けると、なにかの病気に感染しそうだから、やめておいた。
わたしは、そのまま、扉を出て、
遥な大洋へと続く、水の道を、下っていった。
Kise Iruka text 091;
Pool.
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