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未完

 真夏の色が刻々と君に落ちてきている。


 たぶん、もう歯止めは効かないので、諦めて、夏色を湛え始めた君の横顔を見やる。


 入道雲が浮かぶ、いつまでも深いままの空が凪いでいる。


 君は浅くどこまでも遠い湖のほとりに椅子を用意して、そこに腰掛けて、髪を揺らして、詩を書いていた。


 何を書いているのか、と気になって覗き込むが、気がついた君がぱっと手で覆い隠す。


「未だみせられない」


 そう云うと、ぼくを肘でぐいと押しのけて、また、筆を持ち直す。


 結果、君は死んでしまったので、あの日の「未だ」は、「いつまでも」に変わってしまった。


 君があの日つけていたノートは、行方不明になってしまった。もしかすると、君がそのまま持っていって、今でもあの続きを書いて、いつかわたしに見せられるように、筆を走らせているのかもしれない。


 淡い期待だけれど、今でも入道雲仰げば、あの日の、君の筆跡とか、ぼくの胸にあてがわれた肘のかたいようなやわいような感覚とか、全部思い出されるのだ。


 あの日君にかかった真夏の色が、今日も君の横顔を照らしていますように。

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