マガジンのカバー画像

SFショート

113
黄瀬が書いた、空想科学のショートストーリー
運営しているクリエイター

2021年1月の記事一覧

リアル

 新しくヘッドフォンを買った。  64,800円した。  世界初の機能が搭載されているから、高い。  売り文句は、  ありとあらゆるものにリアリティを!  初めは音楽を聴いた。  耳が飛んでいきそうなくらいの、  大音量で聴いた。  目をつむればそこは、  レコーディングスタジオだった。  ライブハウスにいるような臨場感を味わえると思っていたから、  拍子抜けだった。しかし。  推しのドラムがミスをした時の、  十代の少年にぴったりの可愛い笑い顔!

星番

 2000年目にもなると、もう何もすることがなくなってしまう。  人の一生の20倍だ。  わたしは、100年毎に、  性格や趣向を、アトランダムにシャッフルできる機械に入る。  前のループまでは、なんとかそれでやり過ごせたが、  もうそろそろ限界を感じた。  初めは――  すなわち、わたしが、母の体から産み落とされた時、  仮に、オリジナル、と云おう。  その100年間は、社交的な性格だった。  趣味は、何かを鑑賞することだった。  観たもの聴いたもの感

映し

 雨が降っていて。  君が泣いているように見えて。  それは、ワイパーが流しそびれた雫が、  蛍光灯の影を生んでいるから。  室内にも、雨が入ってきているような、  つんと張り詰めた寒さだった。  からだの底からどんどん冷えていく。 「もう、夜も遅いので、家に戻らなきゃ」  君がようやくそう云ってくれて、わたしたちは駐車場に足を踏み出した。  家の裏手の真っ暗な駐車場は、  雨にぬれて鏡面になっていた。  その鏡には、なぜか雲ひとつない満点の夜空が見えて

ロンドン

 車窓から覗きみる朝六時半のロンドンは、  昨夜の喧騒とか猥雑な営みを淡くのこして、  かすかな朝の太陽をぼやかしている。  助手席で本を読む君は、わざとらしくしかめ面をしているが、わたしはあえてそれに触れないでいた。  運転手は、わたしたちの異様な雰囲気に気圧されて、 「ご旅行ですか」 「ええそうです」  というそっけない会話の後は、黙り込んでしまった。  車内は静かに満ちている。  皮張りの高級そうなシートが、やたら硬く感じられた。  窓に映る君と目が