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月の夜、本を読む。一葉「裏紫」を読む

一葉の“圧っ”

「裏紫」は、樋口一葉最後の作品で、作品自体は中断したまま、一葉は亡くなってしまっています。
この作品の内容は、不倫をしている女性が、夫を誤魔化して不倫相手に会う為に外出する、これだけです。
ただ、この作品の原文を声に出して読んでみると一葉の文章の、すごい圧力のようなものを感じます。
私は、特に古文に詳しい訳でも専門的な知識を持っている訳でもないけど、この「裏紫」の文章の圧力は、ちょっと異様なぐらいだなと思いました。

一葉の生きた時代は、明治時代。
女性への社会的な縛りが現代では考えられないほどキツかった時代で、言ってみれば、個々人の幸せより家の存続が重んじられた時代でした。
もちろん一葉もまた、樋口家の戸主として、思いきり“家”を背負っていた訳だけど、心の底ではやはり、好きな人と幸せに暮らしたかったんだろうなー。それを阻むものは第一に江戸時代生まれの母親だったんだろうと思います。
昭和の、戦後生まれの母から(精神的に)脱出するのだって結構大変で、私がやっと脱出出来た(いや独立と言い換えてもいいか)と思ったのは、コロナ騒動で完全に田舎に帰れなくなってからでした。(私、結構ないい年ですが、すごい最近です)
江戸時代生まれの母親と暮らすって・・・
想像も出来ないけど。脱出は難しかろうなー。
あの文章の異様なまでの圧力は、そんなところから出ているのかもしれないですね。

「裏紫」は、もし自由に生きられたらという仮定として書かれたのかもしれないなとも思います。そしてもしかして一葉は、書き上がったら、自分の幸せを目指してみたかったんじゃないかな。
だが一葉が「裏紫」を書き始めた頃、彼女の健康状態は悪化します。多分、自分の死を予見した一葉は“もしも”としての「裏紫」は辛すぎて書けなかったのかもしれないなと思います。
もう好きな人との幸せな未来は永遠にやってこないと悟った一葉の気持ちを考えると、本当悲しい気持ちになりますね。

かと言って、私だって、明日があるかは分からないのです。“今”を精一杯、後悔ないように生きていきたいものです。
それは、時代を超えて、一葉の思いに応えていくことになるのかもしれないですね。

 「裏紫」を元にした朗読劇作品「裏紫に咲く藤の恋」を、先月noteに投稿しました。公演リハーサルの録音で、雑音がお聞きぐるしいところもあるかもしれませんが、一葉の「圧」は出ていると思います。短い作品なので良かったらこちらも是非聴いてみて下さい。
(ちなみにセミの鳴き声も入っていますが、これは雑音ではなくセミさん達が共演してくれてるんだと思ってます。セミさん達、Thanks!)

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