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考える女子高生 カント編⑤ AIは万有引力の夢を見るかpart2

ときに人はどうしようもなく、頭にこびりついて離れない問いに遭遇することがある。このnoteは、そんな問いに取り憑かれた少女の気難しい青春の物語になるはずである。

前回までのあらすじ
世界の始まりは?という問いから始まったカント哲学談義。カントは人間が世界を知覚するための条件として、「空間」と「時間」をあげ、それらを感性の形式と呼んだ。
人間は感性の形式に縛られて、世界を知覚するために「物自体」を認識することはできず、「現象」を知覚しているとカントは主張するのであった。

「AIは万有引力の法則を発見できるか?」

その問いが美月の頭の中を支配していた。AIは最近やたらとテレビに登場している言葉だ。人工知能。美月はロボットが木から林檎が落ちるのをひたすら観察する姿を想像した。彼もしくは彼女は何万回、林檎が地面に落ちるのを見れば万有引力を見つけるだろうか。それとも飽きて寝てしまうだろうか。

もちろん、AIが林檎の質量と速度から重力加速度を導き出すことは、可能だろう。どのくらいの質量の物体ならどのような速さで落ちるかを予測することも可能だ。でもそれは、単に統計的な処理でしかない。この問いは、こう言い換えてもいいかもしれない。

AIは林檎と惑星の運動に同じ法則を導くことができるか

AIにはそれぞれの動きを解析し、予測することはできるだろう。しかし、そこに普遍性のある法則を適用できるか。あの、アイザック・ニュートンように林檎と惑星を同一視できるか、と問われると美月は急に自信が持てなくなるのだった。いったい、AIとニュートンとの間にはなんの違いがあるのだろうか。AIはニュートンほどにロマンチストではないからかもしれない。

「ねえ、美月? 聞いてるの?」
「えっなに?」
美月は後ろを振り返った。真希は呆れた顔をしている。
「ねえ、また考えごと?」
「ちょっとね。ほら、この前叔父さんに言われたじゃない。AIは万有引力の法則を発見できるかって。真希はできると思う?」
「そんなことわかんないけど、でもAIが発見できるとしたらちょっと味気ないって感じがするわ。クリエイティブなことまでAIに超えられちゃうなんて」
「でも人間ってそんなにクリエイティブかしら?」
。間に見つけられることなんて、AIならすぐに見つけてしまうのではなかろうか。美月は、SF映画で人間が機械の能力を甘く見積もるがために、惨劇が起こるシーンがリフレインしていた。

カランコロン

美月と真希は今日もカフェ&バー「アイロニー」に来た。陽平はいつもどおり、暇そうな顔で本を読んでいる。
「おう、いらっしゃい」
「こんにちわー」
真希は元気よく挨拶した。2人はいつも通りアイス珈琲とオレンジジュースを頼んだ。

「2人とも昨日の質問は考えてきた?」
陽平が美月と真希に訊ねた。
「うーん。私はAIには見つけられない方がいいと思うな」
真希は言った。
「真希の言う通り、結局どっちを信じるかっていう信条の問題になりそうじゃない?」
「うん。確かにそうかもしれない。大事なのはどうして、AIには発見できないかもしれないと僕たちが感じるか、ということなんだ」
陽平はオレンジを絞りながら言った。
「それはつまり、『手から林檎を離して、林檎が落ちた』という言葉と『手から林檎を離すと、林檎は落ちる』という言葉の違いってことなんでしょ?」
と美月はこの前の陽平の話を思い出しながら言った。
「そう、そのとおりだ」
そう言って、陽平はメニュー用の黒板に次のように書いた。

知覚判断:「手から林檎を離して、林檎が落ちた」
経験判断:「手から林檎を離すと、林檎は落ちる」

「カントは判断を知覚判断と経験判断の2つに分けて考えたんだ。知覚判断というのは、僕たちが見たまま、感じたままに目の前の現象に対して、判断することを言うんだ。」
「判断ってどいうこと?」
真希が質問をする。
「僕たちが林檎を見てその赤さや丸さをイメージを頭の中に想像するだろう? そして、もともと知っている林檎という概念をそのイメージに適用する。その林檎という概念をイメージに適用する、すなわちそのイメージを林檎と判断する。その頭の中の動きを判断とカントは呼んだんだ」
「じゃあ、経験判断は?」
と美月が訊く。
「経験判断は知覚判断に比べると、法則みたいな言い方をしてるっていうのはこの前言ったよね」
2人は頷いた。
「つまり、知覚判断はある人が感じたこと見たことをそのまま言っているだけで、それは主観的な判断なんだ」
「じゃあ、経験判断は客観的な判断って言うこと?」
「そういうこと。知覚判断は個人の主観なんだけど、経験判断はそこに共通認識が生まれるんだ」
「でもそれって単なる言い方の問題なんじゃないの?」
と美月が言う。
「そう言い方だ。でもいいかい。言葉っていうのは思考そのものなんだ。僕たちは言葉なくては何も考えることができないんだからね」
陽平は2人にアイス珈琲とオレンジジュースを出した。
「ありがとうございます」
と真希はオレンジジュースを一気に飲み干した。
「いやあ、うまいっ」
と言った。
「お、いい飲みっぷりだね。もう一杯サービスしてあげよう」
そう言って、陽平はオレンジをそのまま、絞って真希のグラスに注いだ。

「ねえ、知覚判断と経験判断の違いはなんとなくわかったけど、一体何がその違いを生み出すの? 一体どうやって主観的な認識から客観的な認識が生まれるっていうの? 」
と美月が言った。
「カントはその違いを生み出すものを純粋悟性概念と言ったんだ」

つづく

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