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【一橋MBA日記①】修士1年目の振り返り(経営分析プログラムの講義内容)

早いもので一橋大学大学院経営管理研究科経営分析プログラムに入学して最初の1年が終わりました。

前職を退職してビジネススクールに入ってから、
日々の講義・予習・復習・迫りくる課題たちと格闘しながら仕事をして、
隙間時間で英語学習、
移動時間はマーケット情報のインプット、
夜はスイムかランニング、
土日はトレイルorバイクみたいな日々を送ってきました。

忙しい反面、かつてはお金がなく行けなかった大学院に念願かなって入れたということもあり、嬉々として勉強に励む日々です!
今回はせっかくなので1年目の講義を振り返ろうと思い筆を取りました。
国内のビジネススクールに関心がある方などの参考になれば幸いです。

一橋ビジネススクールの特徴

一橋ビジネススクールは、欧米型のMBAと違い(?)アカデミアで蓄積されてきた理論や体系を非常に重視するところがあります。
もちろんケースディスカッションを行ったり、実際の事例を取り上げながら授業は進みますが、理論や研究成果、それらの時代背景の説明にもウエイトが置かれています。
そうした観点からすると、実務に即効性のある処方箋を求める人にはあまりオススメできない学校かもしれません。そういう人は書店に置いてあるビジネス書かグロービス学び放題の方がニーズに合致していると思います。

実務家が経営学の体系を参考にする場合、社会科学としての議論と実務との間に存在する考え方の違いを理解する必要があると、慶應の琴坂先生も述べています(琴坂、2018)。

社会科学としての経営学の立脚を志す研究者の多くは、実証的な議論(どうあるか)を好む傾向にあり、規範的な議論(どうあるべきか)にきわめて慎重です。
例えば、ESG投資を推進している企業がそれをしていない企業より業績が好調であるとした場合、学者は「ESG投資をするべきだ」とはすぐには言えません。
潜在変数が抜け漏れているかもしれないし、逆因果を操作できていないかもしれません。また、現実世界の状況は刻一刻と移り変わるため、過去の因果関係が現在でも再現できるとは限りません。それがアカデミアの考え方です。

一方で、巷にあふれるビジネス書やニュース記事は、再現性も因果関係の証明も別に求められるわけではありませんので、自身の成功体験や少ないサンプルの情報から、いくらでも断定的な表現ができます。

経営者の書くビジネス書やNewsPicksの記事などが好きな人からすると、アカデミアの議論は歯切れが悪く、つまらないと感じるかもしれません。
逆にいえば、学術的な教科書は極めて謙虚と言えます。
自分の成功体験や、限られた数の事例で強引な主張をすることはありません。
言えることを言える範囲で主張することで、正確な知見を届けようと努力しているのです。

アカデミアと実務はそもそも考え方が違う

そうはいっても、あくまで教科書は教科書であり、定石は定石です。
それでも定石を抑えられていなければ、損してしまう部分もあるでしょう。
実際の勝負は定石を押さえた先の世界で決まります。

「巨人の肩の上にのる矮人」という西洋のメタファーがあります。
現代の解釈では、先人の積み重ねた発見に基づいて何かを発見することを指す言葉ですが、アカデミアで蓄積されてきた理論を実践に繋げることも同じかもしれません。

ビジネススクールでの学びを最大限に生かすためには、インプットした知見を、現実に「適応」させ、「洞察」を得て、「判断」をし、「行動」するサイクルを回せるか、なのかなと考えています。
ある特定の理論体系やフレームワークを信奉するのではなく、自社やクライアントの置かれている環境と組織の特性に応じて、妥当な方法論を試行錯誤しながら模索するのが現実でしょう。

乱立する経営手法やフレームワークも、自分の意思で要点を取捨選択して活用できるのであれば実務にも役に立ちます。しかし、自分の意思がなければ、周囲の失笑を買うだけです。

巨人の肩の上にのる矮人

前置きが長くなりましたが、以下で最初の1年に受けた講義を抜粋して、サマリーと振り返りを行っていきます。

各授業の内容

経営戦略

様々なケースを通じて、各企業の経営戦略や競争優位性を考察する授業です。
ネスレや宅配業界(ヤマトとAmazonの関係など)といった有名なケースから、タンガロイのバフェット流改革や東北パイオニア、村田製作所などといったあまり馴染みのないケースまで取り扱い、授業内で討議を行う形式でした。

この授業ではケースの予習・復習以外にも個人レポートが課せられます。
例として、「業界の収益性は低いが、その企業においては収益性が高いケースを取り上げ、その競争優位性を分析する」というような課題が出ます。
私は業務用調味料を製造するアリアケジャパンを分析しました。

経営戦略の大家であるポーターの有名な考え方の一つで、「企業の競争優位性は顧客のWTPを上げるためのブランディング、マーケティングを行う or コストリーダーシップ戦略・規模の経済を確立し価格の面で競合に勝っていく、のいずれかしかない」というものがあります。授業内ではポーターと対立する、内部環境に着目するバーニーらの考え(VRIO、コアコンピタンス、ダイナミックケイパビリティなど)にも触れました。これらは「見えざる資産」を唱えた伊丹先生が一橋の出身ということもあるため、外部環境と内部環境の両方から競争優位を考えようということのなのかなと考えていました。

本授業での一番の学びは、「戦略シナリオ」という考え方です。
変化が激しい現代においては、一時点での環境分析では足りず、以下の三つを考慮に入れることが必要という指摘です。

1.時間展開
 静止画ではなく時間軸でとらえる
2.相互作用
 自社の行動で他のプレイヤーの行動も変わることまで織り込む
3.ダイナミクス:
 相互作用によって局面が変わり続ける。

上記は、昨今経営戦略に経済学のゲーム理論や行動経済学が取り入れられていることからも納得感のある指摘でした。

授業で指定された書籍以外で、経営戦略の学びを深めるうえでは以下の書籍も読了しました。

財務会計

学生の中には財務会計初学者もいるため、財務3表の作成並びに見方からスタートし、授業の中盤以降はファンダメンタル分析やディスクロージャー、コーポレートガバナンス、国際会計基準、バリュエーションと徐々に発展的な内容になっていく構成です。
中々取っ付きづらい学問(私にとっては)を、実務と絡めながら非常に面白く解説して頂いたこともあり、非常にためなる授業でした。
特に課題の内容が面白かったので以下に紹介します。

①6月の各社決算発表のタイミングで、クラス全員に別々の企業が割り当てられ、それぞれ割り当てられた企業のファンダメンタル分析を行い、売りor買いの推奨をする。
(業界業種は絞らずに企業が割り当てられているため、それぞれ着目する指標が異なってくる)

②ある上場企業の株主総会で提案されている株主提案の賛成率を予測する
(数字が近かった人から良い成績になるというルール。当てずっぽうの人もいれば、株主の事業法人・個人投資家・機関投資家それぞれの割合を見たり、議決権行使助言会社の公表内容を見ながら票読みをする人もいる)

③自身をアクティビストファンドと仮定して、高いリターンを生み出す企業を選定し、その企業へのエンゲージメント方法やTOBの是非に関して報告する
(割安株をスクリーニングし、割安を解消することでキャピタルゲインを得るという戦略はシンプルであるがファンドの王道。そのロジックとして「資本コスト」を中心に据えていることが他の機関投資家の賛同を得やすいということがポイント。大手機関投資家やISSの議決権行使基準に照らして、票読みをして、自分たちの提案が賛成を得られるか調べる必要がある)

授業で指定された書籍以外で、財務会計の学びを深めるうえでは以下の書籍も読了しました。

企業財務

いわゆるコーポレートファイナンスの授業ですが、数学が苦手な私はポートフォリオ理論の部分で大分苦戦しました。
最適ポートフォリオや配当政策のみならず、経営者のモラルハザードやインセンティブ報酬制度の設計、IPOに関する諸々のトピックなども取り扱います。

課題は親子上場、同族経営、敵対的買収、株主のショートターミズム、公募増資といったテーマでレポートの執筆やグループプレゼンテーションをするというものでした。

授業で指定された書籍以外で、企業財務の学びを深めるうえでは以下の書籍も読了しました。

マーケティング

博報堂での実務経験もある方が講師のため、カリキュラムは実践が重視されたものでした。
基本的にレクチャーと授業内の実践型ワークショップが交互に行われる構成になっています。ワークショップのグループ課題は授業当日の24時までが提出期限ということもあり、22〜23時過ぎくらいまでグループワークに追われることもあります(幸い私は24時ギリギリにはならなかった)。

ワークショップの内容としては、以下のようなものがありました(一部)。

⚫️ル・クルーゼの提供価値を、本質サービス/付随サービスに整理し、競合他社との差別化要因を考察する
(丁寧な暮らしを体現しているという実感や美味しい食事を家族団欒でするという体験価値と、優れた保温機能・熱伝導性といった実体価値の、どちらが本質サービスでどちらが付随サービスなのか?みたいな議論をした記憶)

⚫️渋谷のスクランブル交差点でラウンドアバウトを導入する場合にどのような調査が必要になるかを考える

⚫️広告や販促の規制が厳しいタバコ業界のあるカテゴリーの製品に関してマーケティング戦略を考える
(規制の関係でTVコマーシャルやSNS、インフルエンサーマーケティング、スポンサーシップはNG。ラジオや映画、交通手段での製品広告もNG)

ラウンドアバウト。東京にもあるらしい。

経営組織

組織のリーダーとして行う意思決定のプロセス、コミュニーションといった分野に加えて、組織構成のあり方やモチベーションなどを体系的に学ぶ授業です。
個人レポート4回、ミニレポート2回、企業へのインタビューを行う必要があるグループプロジェクト、授業に向けたケースの予習と中々ハードな授業です。

具体的な内容としては、行動経済学の要素を多く含んでおり(アンカリング、ヒューリスティック、確証バイアス、プロスペクト理論など)、それを活用することで、どういった意思決定を行う/リーダーシップを取るべきかや、組織構成にしていくか(階層の数、事業部制かSBUか等)についてケースを取り上げながら議論していきます。

実際に取り上げたケースは以下のようなものがあります(一部)。

⚫️シャープは如何にして「世界の亀山工場」から崩壊していったのか
⚫️スパイバーの給与を自分で決めるという人事制度はどのような組織で適用可能か
⚫️ソニーのコーポレート・アーキテクチャーの変遷はどのような意図によって行われてきたのか
⚫️ビットワレットのEdyは、どのような戦略を取っていれば市場の覇権を握れたのか
⚫️HENNGEのダイバーシティ経営はどのように実現されたのか
⚫️テルモの和地さんは組織改革においてどのようにリーダーシップを発揮してきたのか

また、私は組織変革の事例に関するグループ課題で旭山動物園を取り上げ、北海道まで取材に行ってきたりもしました。

この授業での一番の学びは、組織変革にはトレードオフが必ず発生することを認識するということです。
共通の目的を共有することは目的の硬直化や手段化を招きますし、集団としての評価は不公平に対する不満を招きますし、強い組織価値の注入は外部への不適合を招きます。
これらのトレードオフを認識した上で、自社に取って何が重要なのかを検討し組織変革を実行していくことが求められるという指摘には共感しました。

授業で指定された書籍以外で、経営組織の学びを深めるうえでは以下の書籍も読了しました。

経営哲学

渋沢栄一の公益を第一とする「道徳経済合一説」といった考え方から、アダムスミスのような学者の経済・倫理に関する考察まで扱いながら、経営者や組織のリーダー・マネージャーはどのように意思決定をしていくのが良いかを考える授業です。

この授業での学びは、適否(客観的に議論が可能で経済合理性で語れる)ではなく是非(どちらが正しいか分からないような問題を良し悪しで考える)を考えることです。
授業で取り扱ったJ.バダラッコ『「決定的瞬間」の思考法』の例で言うと、ある製薬会社において中絶薬を市場に出して社会に貢献するのか、国内に数千万人といる中絶反対派からの不買運動を避けるために販売を取りやめるのかといったジレンマの中でどのように意思決定をするかなどが挙げられます。

毎回かなりの量の文献を読んでくる必要があるためハードではありますが、「経営とはそもそも何なのか」といった原点に関して考えることができる良い授業だと思います。

ビジネス・エコノミクス

Rを使ってプログラミングをしながら、様々なデータの統計分析をする授業です。
大学院での研究においては、定量分析は避けては通れないので重要度は高いです。

私自身は数学が苦手なため、正規分布、標準誤差、信頼区間、回帰分析といった高校生レベルの復習から始めながら何とか授業に付いていったという状況でした。

授業内では、最小二乗法や傾向スコアマッチング、差の差分法、主成分分析、需要の価格弾力性、K平均法クラスタリング、決定木、パターン検出など幅広く取り扱うため、研究のための知識のみならず、マーケティングでの消費者調査や経営企画でのシミュレーションにも応用可能な内容かと思います。
特に、限界収益・限界費用を考慮したプライシングや、プリンシパル・エージェント理論は実際のビジネスでもある程度応用できる重要なコンセプトだと思います。

授業で指定された書籍以外で、ビジネス・エコノミクスの学びを深めるうえでは以下の書籍も読了しました。

その他

上記の授業以外にも、修士論文を書くための準備となるワークショップやJBCCといった外部イベントもありましたがこの辺は長くなりそうなので割愛します。

まとめると、最初の1年は大学の経済学部+経営学部の内容をビジネスの現場に落とし込んだ形でインプットし、あとはひたすら学んだ知見で分析やシミュレーションといったアウトプットを繰り返すイメージです。
授業の内容自体は、経営マターの仕事をしていた身からするとそこまで目新しいものがあるわけではないですが、バックグラウンドが違う同級生たちとケースに関してディスカッションする過程には、これまでに無かった視点を得られる学びもあります。
またケースや課題を通して、これまで触れてこなかった業界のバリューチェーンや業界構造を強制的にインプットすることになるので、視野の広がりを感じます。

日本の全日制ビジネススクールには賛否両論あるかと思いますが、生かすも殺すも自分次第というのが1年を終えての感想です。

このまとめが、日本のビジネススクールに興味がある方や一橋MBAを志望する方の参考になれば幸いです!



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