1.8 ロックの日・イヤホンの日
今朝はやけに鴉が多い。
黒いハットに艶がなく裾の広い黒のコート、黒いエンジニアブーツで黒づくめの男が早足で歩いている。
薄紫と桃色を掛け合わせたような朝焼けに染まる雲の下、しばし立ち止まるとビルの上を周回する四羽の鴉を睨みつけるように見上げた。
男は仲間内でカラスと呼ばれている。
春夏秋冬、三百六十五日、黒づくめの服を身に纏っているからだ。
さらに、カラスにはカラスと呼ばれる所以となる特殊な能力があった。
「今朝は、随分人が死ぬんだな」
近くで人が死ぬことになると、鴉がカラスにそれを伝えにくる。
カラスにとっては「お前のせいでまた人が死んだよ」と知らせに来られているようで、鴉の存在を憎み、恨んでいた。
カラスがこの能力に目覚めたのは、実の母が亡くなった時だった。
台所に倒れている母、血まみれの床、点滅する電球。
カラスは母が死ぬことを知っていた。
鴉が教えてくれたからだ。
でも、カラスは母の死を止めることは出来なかった。
それ以来呪いのように、近くで誰かが死ぬ時には決まって鴉が知らせにくる。
鴉はカラスにとって死の象徴であり、死の象徴と同化するようにカラスは黒づくめの服を着るようになった。
カラスは頭のなかでイチ、ニ、サン、ヨンと数を数え、それ以上鴉の叫びを聞かなくて済むようにとイヤフォンで耳を塞いだ。
ドン、という重低音が脳を揺らす。
それを合図に歩き出し、大通りに出た。イヤフォンからは激しく音漏れをしているため、訝しんだ人々がカラスを避けて歩く。
「誰も死なないのは無理だ」
ステップを踏むでもなく、均一なリズムで早足を続行する。
激しい音楽を聴いて頭の中を空っぽにすると、カラスの足は依頼人のもとに向く。
正しくはまだ依頼人ではない人の元へ。
「誰を助ける?誰なら、助けられる?」
今日のターゲットは四つ。
鴉のお告げがあった日は、カラスの辿る道の先には必ず依頼人が現れる。
それはもう、逃れようのないことだ。
黒いハットのツバが強い風に揺れた。
イヤフォンから流れ出るロックは、東へ行けと叫ぶ。
空っぽの身体の中、音楽に作られた鼓動は急速に熱く、早くなっていく。
徐々に身体の震えが始まり、焦点が合わなくなっていく。
視界の真ん中で、早起きの女子高生やサラリーマンたちがぐにゃぐにゃと円を描いてとろけた。
波打つような地面にどうにか踏ん張った足先までボーカルの声が脳天から真っ直ぐに突き刺さると、カラスはおかしなステップを踏んで自分の意識を手放した。
並みの意識ではいられない。
これから対峙するのは、死者になろうとする者だ。
次目覚めた時には、否応無く戦わねばならない。
ロックと鴉が、対決の合図になる。
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