見出し画像

10.24 文鳥の日

曇り空の朝の窓辺に、全体的には銀色で、ところどころが銅色に錆びついた鳥かごがあった。
鳥かごには水入れと餌入れが針金でくくりつけられ、中央に細い木が一本渡してあるだけだ。
その鳥かごの中で暮らしていた一羽の文鳥は、飼い主の男性のことをただ気まぐれに餌を運んでくる機械だと思っていた。
好きか嫌いかなどと考えたためしはなく、好かれているか嫌われているかなどもっと考えたことはない。

文鳥は、十月下旬の肌寒い朝に、飼い主の男性の手によって鳥かごから出され、投げ捨てるように空へ放たれた。
文鳥は本能的に風を捕まえるためにただ必死で羽を動かして進んだので、振り返ることはなかった。
なので、飼い主の男性がどんな顔で空に投げたのかは文鳥は知らない。
朝の霧のような、霧雨のような細かい水の粒が文鳥のくちばしや、頭や、柔らかな羽を包み濡らしていく。
ようやく気流を掴めたところで文鳥は力を抜いた。
外を飛ぶのは初めてだ。金属の線のない世界は広く、ただただどこまでも続いているようで、文鳥は悲しくなった。
鳥かごのなかで3パーセントほどの体積を占めていたのが、世界の中ではパーセントの計算もできないほどにちっぽけであった。
窓から吹く風の涼しさは、そのただ中に放り込まれるとこれほど身を凍えさせるものなのか。

途中でよく知らない白と黒と頬に赤い筋のある鳥が文鳥に声をかけてきた。
「あんた、ペットだろう」
文鳥は答えた。
「そうだよ」
よく知らない鳥はくるりと宙返りをした。
「迷子かい」
「迷子では、ないと思う」
風が弱くなってきたので、文鳥はまた必死で羽を動かした。
「おいおい、そんなにやみくもに羽ばたいたら翼がもげちまうぜ。脱走なら、どこへ行くんだい」
文鳥は隣を飛ぶ鳥を見倣って、少し力を抜いて風に乗った。
「分からない。だけど、ずっと遠くだよ」
「そうか。果てしない旅なんだな。可哀想に。気をつけて」
知らない鳥は、文鳥の周りをくるりと一周すると高度を下げてどこかへ行ってしまった。
文鳥は、知らない鳥が言った可哀想の意味が分からなかった。
ただ粒の大きくなってきた雨の中を、ひたすら真っ直ぐに飛んで行くと決めた。
初めて吸う空気は緑の味がして、文鳥をまるで生まれたてのような気持ちにさせたのだった。

10.24 文鳥の日

#小説 #文鳥の日 #文鳥 #日めくりノベル #JAM365

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?