見出し画像

10.9 世界郵便デー

日本のある森の奥に、宛先の無い郵便物の届く郵便局があります。もちろん、誤って住所を書き忘れてしまったものや、誤字で読み取れないものは、正規のルートを辿って書いた主の元に戻ることがほとんどです。
しかしそうではなく、もう送ることの出来ない人やどこに送ればいいか分からない人、どうしようもない想いを宛先のない誰か、どこかへ届けたい人にあてて投函された郵便物はこの『宛先不明郵便物収集局』に集まってくるのです。
ここの管理人は高遠さんが一人でやっています。きょうも朝に集荷された分の郵便物が、昼過ぎになって宛先不明郵便物収集局に届きました。
高遠さんは、それらの郵便物をまず大きさごとに仕分けします。一日に多くても十通ほどなので、あっという間です。
高遠さんがこの局に来てから四年になります。元々街の郵便配達をやっていたのですが、高遠さんはなまけものなので、できるだけゆっくり仕事が出来るところに配属してほしいと上司に希望を出していました。
高遠さんが二十五歳になったとき、その願いが聞き入れられてこの宛先不明郵便物収集局に配属されました。
しかし、高遠さんが思っているよりこの郵便局はらくではありませんでした。郵便物の数は少なくても、処理に困るものばかりが集まるのですから当然です。
「また届いてるよ」
高遠さんは頭をがりがりと掻いて、仕分けボックスの引き出しを開けました。そこには、美しい広葉樹の葉っぱが六枚ほど入っています。
「これは、そもそも郵便物なのか?」
一枚ずつ机の上に六枚を並べ、その隣にきょう届いた一枚を置きました。届いた順に色が変わり、だんだんと紅葉しているのが分かります。最初の一枚は真緑ですが、そこから始まるグラデーションの赤や黄色はいまや緑の葉の三分の一あたりまで染まっていました。
大抵の郵便物は、中身を改めると誰かに当てた悔恨や感謝、抑えきれない自分および世間への罵詈雑言が溢れていることがほとんどで、高遠さんが受け止めたあと森のもっと奥に入り口のある小高い山の中腹の神社に月に一回納めに行くのですが、この葉っぱは裏も表もどうにもただの葉っぱにしか見えず、高遠さんは何も読み取れないのでとりあえず仕分けボックスにしまっているのでした。
「紅葉が進んでるってことは、もっと北からの便りだなぁ」
高遠さんのいるこの郵便局の周りの森は、まだ青々と葉を茂らせた木々ばかりで夏の様相が強く残っています。
「だれかが願いを込めて投函したんじゃあ、焚き火の材料の足しにするわけにもいかないし困ったな」
ここに来て四年。独り言の増えた高遠さんはなまけものですが悪い人ではないので、この葉っぱが届き始めてからというもの少し憂鬱になっていました。
「楽な仕事でいいと思ってたけど、どんな仕事でも、全うしようとすると骨が折れるもんだな」
高遠さんは、とりあえず葉っぱにきょうの日付のついた消印を押して、他の郵便物にもついでにぽんぽんと押しました。
インクが乾くのを待つ間にチョコレートをひとかけら食べて、ほどよく乾いたところで葉っぱを日付順に並べると、また仕分けボックスの引き出しに丁寧にしまいました。
「とりあえず、他の仕事をしよう。早く終わらせて昼寝をしなくては」
残りの郵便物を持って、高遠さんは自分のデスクに向かいます。自分のデスクといっても、この宛先不明郵便物収集局に配属されるのは一人と決まっているので、他の人のデスクはありませんけれど。
デスク脇のライトをつけると、陽だまりのような柔らかい光がまるく机上の郵便物を照らします。
きょうも日本のある森の奥で、高遠さんは一人、行き先のない感情の込められた郵便物を受け取っているのです。

10.9 世界郵便デー
#小説 #郵便 #世界郵便デー #JAM365 #日めくりノベル

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?