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12.23 天皇誕生日・テレホンカードの日

その日の昼過ぎ、社長が珍しく事務所に入ってきて従業員一人一人になにかを配り始めた。
「平成最後の天皇誕生日にまで、働かせてすまんのう!」
禿げた頭に汗を浮かべながら、貼りついたような笑顔で手渡されたのは極薄い熨斗袋だった。
そして、熨斗袋には下手くそな墨文字で『お餅代』と記されている。
私は、それを読んで眉間に皺を寄せた。お餅代なんて、生まれてこのかた聞いたことがない。
私の気持ちを汲み取った隣の席のおばさん社員が椅子のキャスターを転がしながら近づき、噂話でもするみたいにこっそりと私に耳打ちをした。
「お餅代っていうのはね、ボーナスほどでもないけどお気持ちってとこね。これで年末年始餅を食べてくださいみたいな。古い言い方よ」
「はぁ、なるほど」
お餅代は、気持ち程度のボーナスということか。正直こんな成績の上がらない弱小企業ではボーナスなんて出ないと思っていたので、私は突然の臨時収入に少々面食らった。
「今年結構若い子辞めちゃったでしょ?たぶん社長も気にしてるんだと思うのよね」
おばさん社員は、あまりにも悩ましいというポーズを取りながら、いそいそとその『お餅代』と書かれた熨斗袋を自分の鞄の内ポケットにしまった。
「結構いいところあるんですね」
おもむろにサラダ煎餅を食べ始めたおばさん社員に、社長が?会社が?と聞かれたが、どちらでも同じことなので曖昧に流しておいた。

せっかく貰ったお餅代があることだし、と私は帰り道にちょっといい洋菓子店で二つケーキを買って帰った。
二つで千円とちょっとしたから、私にとってはなかなかの浪費だ。
一人の家に帰り、夕飯は食べずにそのまま紅茶を淹れてケーキを食べた。
高いケーキは高いなりに美味しく、六畳間の安アパートでもなんだか豊かな気持ちになることができた。

さて、と思い鞄から熨斗袋を出して開けてみることにした。一体いくらくらい入っているのだろう。この薄さだとせいぜい一万円、いや、五千円入っていればいいところか。
水引を外し、雑に袋を開封したところで、私は数秒フリーズし、その後目眩がして天を仰いだ。
「なんだこれ」
中に入っていたのは、あろうことかテレホンカード群であった。
三枚一組が縦に並んで透明な袋に入っているものが二組。
そのテレホンカードの写真はまだ今より綺麗な社屋で、その上に今ではもう十五年前となる会社の二十五周年記念のロゴが入っている年代物だった。
完全に倉庫かなんかに眠っていた品の使い回しである。今時テレホンカードなんて何に使えというのだ。
こんなものを配られたら、若手の退職の波はもはや食い止める術はない。絶望的なセンスである。
記念は記念といえども、こんな弱小企業の二十五周年記念のテレホンカードなんて何のプレミアもついていないことは明らかだった。
「完全にやられた…」
私は冷蔵庫を見やり、明日の分として楽しみに取っておいたケーキが恨めしく思えた。

一週間後、せめてお金に換えられないかと近所の金券ショップをのぞいたところ、私のものと同じテレホンカードが激安で大量に入荷されているのを発見した。
私は少ない従業員の顔を思い出しながら「やりやがったなあいつら」と自然とにやりと笑い、後に続けとばかりにすぐさま小走りでレジへと向かったのだった。

12.23 天皇誕生日、テレホンカードの日
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