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12.15 観光バスの日・お菓子の日

たとえば、幸せはこんな形をしている。
外はまだ雪がちらついて、夜の間に積もった雪がさらに高さを増しているところだ。
お昼ご飯は、昨日の残りの鍋に冷凍ご飯と溶き卵をたっぷり入れて雑炊にした。
今は、撮りためたバラエティ番組を見ながら部屋着でこたつにみかんとアイスという正しい厳冬の休日の過ごし方をしている。
隣には、半纏がわりに夢の国で買ったくまの耳付きのフードパーカーを着て雑誌に載っているクロスワードパズルを解いている良ちゃんがいる。
時間の流れが遅く、とても静かな昼下がりだ。
録画の番組が終わってレコーダーの電源を切ると、日曜日の午後らしいゆるい旅番組が流れはじめた。
「あ、この子割とかわいいよね。最近よく見る」
クロスワードに夢中だった良ちゃんが、テレビの声に反応して画面を見ながら眼鏡をあげた。わざわざ眼鏡をあげて見るほど好みの子なのか。
「へぇ、良ちゃんってこういう子が好みだったんだ」
私とは全然違うタイプだね、と平板に言うと、良ちゃんは意図を読み取ったのか慌ててこっちを見てきた。
「いや、一般的にかわいいって話だよ?全然、そんな、好みだなんて」
良ちゃんが勝手に墓穴を掘ってくれたので、皮をむいて並べておいてあげたみかんを片っ端から自分の口の中に入れて無くしてやった。
部屋着だけど、めんどくさいのに薄化粧してるのは誰のためだと思っているのだ。
「…なに嬉しそうにしてるの」
「いやぁ、小町ちゃんはヤキモチ焼きだなと思って」
思わず良ちゃんの頭頂部にチョップをかましていた。それでも良ちゃんは笑顔でいるのだから偉いと思う。
その時背後でかすかな電子音が切れる気配がした。
「あ、良ちゃん。加湿器の水切れちゃったー。水入れてー」
良ちゃんは名残惜しそうにこたつを出ると、加湿器の空のタンクを持ってちらちらとテレビを盗み見ながら台所に消えていった。
「そんなに好きなのかよ。ふん。あーみかん…みかんかー」
旅番組では、お笑い芸人と女性アナウンサー、良ちゃん好みのタレントの女と俳優の若い男の子が四人で観光バスツアーに参加するという内容だった。
客層のほとんどは中高年だったが、ところどころに若い子もいるようだ。
バスは朝に駅を出て、すぐにお酒とおやつをもらえる。
それを食べながらガイドさんの説明を聞いて滝に向かい、壮大な景色とマイナスイオンを楽しんだ後採れたてのわさびをプレゼントされ、またバスに乗り、昼は大きなエビののった海鮮丼を食べる。そしてまたまたバスに乗り、ガイドさんの説明を聞いて移動して今はみかん狩りを楽しんでいるところのようだ。
暖かい地方なのだろう。こちらより随分と薄着に見える。
「美味しいみかんの見分け方って、あるんですかぁ?」
良ちゃん好みの女が鼻にかかった甘い声で農園の人に尋ねたので、そんなもん甘いやらすっぱいやらそれぞれの好みだろと心の中で悪態をついた。
でも、おじさんは鼻の下を伸ばしながら(そのように見えたのは自己卑下からであるのは分かっている。おじさんは普通の顔で接客していただけだ。多少鼻の下が伸びて見えたのはちょっとかわいい芸能人が珍しかっただけだ)ちゃんと教えている。
「美味しいみかんをたくさん食べたかったら、美味しいみかんの木を見つけることです。そうすると全て美味しいみかんが食べられます」
「「へぇー」」
良ちゃん好みの女のテレビの音声と自分の声が重なって口がへの字になってしまった。
居間に戻ってきた良ちゃんは満タンにした加湿器のタンクを本体にはめるのに手間取って周りを水浸しにしている。
「良ちゃん、向きこっちだよ」
ティッシュを持って近寄ると、良ちゃんは「ありがとう」とタンクを私に任せて台所に戻ってしまった。
良ちゃんは不思議だ。優しいのだけれど、たまになんだか中途半端で終わってしまうことがある。
接続の金具が壊れているのをだましだまし使っている加湿器は、たしかにうまく本体にはまらず結局自分でもあたりを水浸しにしてしまった。
「わー、もー、冷たいー」
ティッシュに吸い込まれていく床の水が凍えるほど冷たい。どうせ部屋の潤いになるのだろうと拭き残しには目をつぶって濡れたティッシュをゴミ箱に投げた。
立ち上がるついでに窓の外を覗いてみると、雪はやんでいてピンクのニット帽をかぶったおばさんが雪を踏みしめながら犬の散歩をしていた。
「一日家から出ない。これ以上の至福があるだろうか。いや、ない」
私のつぶやきに、いつのまにか背後に立って肩口から窓の外を覗いていた良ちゃんが答える。
「いや、無理でしょ。もう冷蔵庫空っぽだもん。アイスもさっき小町ちゃんが食べたので終わりだし。よって、あとで買い物に行きます」
良ちゃんの方がぐうたらなはずなのに、たまにお母さんかと思ほどしっかりしていることがある。本当に良ちゃんは不思議だ。
ちぇっ、と言ってこたつに戻ろうと振り返ると、良ちゃんが慌てて何かを避けた。
手元を見ると、良ちゃんは温かい緑茶と雑菓子が入ったかごが載っているお盆を持っている。
「良ちゃん…!」
優しさが中途半端だと思ったことは心の中で千回詫びた。
「とりあえずお茶してテレビ見よう。あとさ、もう一個みかん剥いて」
「仕方ないなぁ、特別だよ」
二人でいそいそとこたつに戻る。
足が温かいだけで、なんだか体全体が解れていく気がする。
テレビでは、みかん狩りを終えた一行が温泉に向かっていた。
「あったかくなったら、バスツアー行ってみたい」
「いいね」
良ちゃんはスマートフォンの画面を開きかけてやめた。
そして、新しく並べられたみかんを嬉しそうに一つ口に入れた。

何もしていない、生産性もない、そんな時間があってもいい。そんなことに悩もうが悩まなかろうが、どうせ同じ一日なのだから、出来るだけ心を平和に保つのが厳冬の休日の正しい過ごし方だ。
「あーあ、幸せだね」
熱いお茶をすすって、雑菓子のテトラパックをパリッと開いた。
外は雪で、こたつにみかんと熱い緑茶とお菓子と、隣に良ちゃん。
幸せは、こんな形をしている。

12.15 観光バスの日、お菓子の日
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