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12.21 クロスワードの日・遠距離恋愛の日

距離は愛を深めるというが、きっとそれが全てのケースではない。
瑠美子はフェイスタイムで映像を繋ぎながら、画面の向こうの彼氏とクロスワードパズルを解いていた。
金曜日の夜十時、明日は休みで傍らには自分で作ったサングリアとチーズのカナッペがある。
映るところだけでもお洒落にしておきたいという見栄は、いつかこの恋を滅ぼすのだろうと思いながら、瑠美子はこの習慣をやめることが出来ないでいた。
「年末はどうする?あ、5aの答えシーラカンスだよね。b列難しいなぁ」
クロスワードは二人の共通の趣味で、毎月刊行されている雑誌を定期購読している。
時間が合えば、毎夜のように謎解きをしているカップルなんて、日本にどれだけいるだろうか。
「あー、悪い。年末は実家に帰らなきゃだわ。母さんうるさいんだよな…確かにb列難しいな」
彼氏の祐樹が心ここにあらずといった具合に返事をしたので、瑠美子はそれ以上の追求をやめた。
気づかれないよう鼻からため息を吐いたところで軽快なメロディが響いた。
「あ、お風呂沸いたみたい。年末進行で肩も背中もバキバキだから、ゆっくり浸かって身体ほぐしてくるね。あ、b列何か分かったらメッセージちょうだい」
「おっけー、じゃあまた。おやすみ」
突然通話が途切れて、見慣れたスクリーンが現れる。余韻もなにもあったものではない。
「はぁ、疲れた」
瑠美子は崩れるように上半身をソファに倒した。
風呂からあがったらまたフェイスタイムをつなぐ気でいたが、相手がおやすみと言ってくれたのでこれで終わることが出来ることに安堵した。
「好きなのにこんな、何でかなぁ」
疲れてしまうのである。自分よりもっと良いものに見せたいという気持ちが自分をすり減らしていく。
「大体さ、電車で二時間の距離なんていこうと思えば明日だっていけるのに。行くよとも来いとも言われないからどうしていいか分かんないよ」
空いた言葉を埋めるような探り合いが続いている。仕事の疲労と相まって精神的にも限界が近づいている。
瑠美子はクッションに顔を埋めて「もう嫌だー!」と大声で叫んだ。柔らかい綿は瑠美子の不満を吸ってもその柔らかさを保ったままだった。
祐樹の気持ちが分からない。年末だって、そろそろ実家に連れて行ってくれても良い頃じゃないのか。もう二年も付き合っているのに。
「あー…お風呂入ろ。埒があかないわ」
瑠美子はその場で靴下を脱ぎ、そのまま上着やスカートを導線上に落としながら風呂場に向かった。
机の上には解きかけのクロスワードパズルが開かれたままだ。
シャワーの音が響きはじめた頃、瑠美子の携帯の着信音が鳴った。
画面には、3bは英単語だったよ、とピースサイン付きの暢気な祐樹からのメッセージが表示された。
そして、誰にも見られることのないうちにスクリーンはまたブラックアウトしたのだった。

12.21 クロスワードの日、遠距離恋愛の日
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