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2.2 頭痛の日・おんぶの日

街中の光が洪水のように襲いかかってくる。視界が回って吐き気がする。
「気持ち悪い…吐く…」
私を前後不覚に近いほど酔わせているのはおぶってくれている想い人ではない。単純にアルコールのせいである。いや、でもそうとも限らないがよく頭が回らない。
「ちょっと、やめてくださいよ先輩。降ります?吐くなら降りて?ね?」
私は嫌々と駄々っ子のように首を振って抗った。
私が飲みすぎたのは、お前といるのが恥ずかしかったからだ。緊張感に耐えられなかったからだ。つまり、お前にも非があるのだ、と酔っ払い特有の訳の分からない理不尽な言いがかりを思いついたが言えるわけもなく口を噤んだ。
想い人である後輩のサクは、私がついに吐くのかとその場でおろおろしたが、しばらく私が大人しく肩口に頭を乗せて動かないので安心したようだった。
「飲み過ぎですよ、マジで。俺の二倍は飲んでた。やばいわー」
溜息が聞こえてくるが、それすらも心地いい。だってその溜息は、正真正銘私由来の溜息なのだ。私だけが彼に吐かせることのできたその溜息をビニール袋に入れて押入れの宝箱にしまっておきたい。なんて。
「うわっ、気持ちわる…」
「だーかーら、降りる?ね?」
思考への呟きをフィジカル的なものに捉えられ、サクは海老反りになって私を近くのベンチに降ろそうとしたが、私は子泣き爺のように首に腕を巻きつけ、足を腰に絡めて断固拒否した。
苦しいと騒いでいるサクの声も、分厚いフィルターを通して聞こえてくるように遠い。遠いおかげで夢の中みたいに気持ちがいい。
「早くおうちに帰りたいの。サクちゃんハリアッ!」
「ハリヤー?ハリヤーなんて持ってるわけ無いでしょ俺が。もー」
「うはっ、ハリヤーじゃなくて、ハリーアップのことだよ。仮にサクちゃんが金持ちでハリヤー持ってたって今酒飲んでるもん運転出来ないじゃん」
背中で大笑いする私を忌々しげに睨みつけて、サクはまたゆっくり歩き出した。
「耳真っ赤ー」
「うるせえ子泣き婆ア。明日二日酔い確定だな。ざまあみろ」
悪態をつきながら、出来るだけ揺れないように歩いてくれているのが分かる。そんなことをするから、またこんな先輩に好きになられてしまうんだぞ。と、今度の想いも音にはならなかった。
「あーあ。私頭痛がひどいタイプだからやだなー明日が来なきゃいいのになーずっとおぶってぐるぐるしててよー」
本音を混じえて言ってみたけれど、ジョークに替えたらきっと届くわけなんてない。
明日の昼に起きた私に残っているのは、ひどい頭痛と薄ぼんやりした想い人の背中の感触だけに決まっているのだ。
「嫌ですよ。あー、早く先輩送って帰ろ。もう俺も眠いし辛い」
わざと遠回りして道案内してやろうかとも思ったけれど、一欠片の冷静な頭が明日起きた時にさらに虚しくなるからやめろと厳しく言うので、私は夢の覚める方向へ彼を導かなければいけなかった。

辺りは静かで雪は無く、ただキーンと冷たい夜だった。

2.2 頭痛の日、おんぶの日
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