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潮騒

浴槽で身体を揺らして波を作る。その波に呑まれるふりをする。ほんとうの海は真っ暗で足が透けたりなんかしない。それを知っていて白波を立てる。遠くにニューアカオの文字が見える。この景色が見たくてここまで来たというよりも、海辺の空気が吸いたかった。地元に帰れば海がある。だけど私は私の在る場所を遠ざけたかった。同じ潮の匂いがする。流れ着く波の先に触れたら柔らかくて、指先を舐めたら思った何倍も塩っぱかった。遠くで花火をしている人々の群れが光る。私は一人でbetcover!!の島を聴いている。僕はいまどこですか 涙に映るあなたの体を泳いで渡る魚が溺れた 海は僕のものだと思っていたよ 波は呼吸に似ていると思う。夜の波は寝静まった部屋に響くあなたの寝息のような音を立ててそこに佇んでいる。私は私から離れたくて遠くへ行こうとするけれど、私を切り離すことだけはできず、どうしたってそこには身体が付随する。(そこには精神が付随する。)行ったことのない場所や見たことのないものを目指しても、そこにはいつかの記憶が重なる。寝息のような波。花火に光る友人の顔。靴の中で騒ぐ砂浜。押し寄せるノイズを払うようにして目を覚ます。寝て起きるとかならず精神状態が一段階悪くなっている。それを誤魔化すために身体が無理矢理眠ろうとする。そしてまた一段階悪くなる。調子の悪い時はずっとこの繰り返しで、断続的な死を試みてはそのたびに失敗している。夢の中でも考えてしまうから。今日は病院に行こうと思っていた。起きたら15時を過ぎていて、もう今更行く宛もなかったから、とにかく遠くへ行こうと思った。地図をひらいて熱海と決めた。夜の海辺へ行きたかった。電車に身体を引っ張られながら、本当に私は何をしているんだろうと何度も思って何度も泣いた。ぼろぼろと涙を溢しながらどこへ向かっているのかも分からず、私の終点をなぜ熱海としたのかも分からず、ただ物理的に離れたいという衝動だけで具合の悪い身体を無理矢理引き摺ってここまで来てしまった。ロキソニンは飲みすぎてもう効かない。ダメでした ダメでしたね 吐いた言葉はすべて釣り上げられて 僕の涙は僕の島で 僕の涙は僕の島で 晴れました 晴れましたね 絶望は空に吸い込まれて 僕の涙は僕の島へ 僕の涙は僕の島へ 僕の涙は僕の島へ 遠くへ行くことで私は私を確かめることになる。私を切り離そうとするたびに私を感じることになる。拭おうとするたびに影は濃くなっていくんだからもうダメでしたね。私は私から逃れられない。僕の涙は僕の島へ。僕の涙は僕の島へ。僕の涙は僕の島へ。

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