『香織の変心2』

 念願の高校に合格した香織は、高校生活を謳歌した。髪はあの後伸ばし始めた。あの時感じたバリカンへの気持ちは封印し、ごく普通の女の子として過ごしていた。
 大学への入学も無事に決まった。卒業を間近に控えた3月、何気なく動画を観ていると、香織の人生を少し変えてしまう、とんでもないものを観てしまった。
 外国のチャリティーで、女の子が何人も坊主にされていた。女の子が坊主にすることで、寄付をもらうという、日本では考えられない発想だったが、割と盛んに行われているらしい。もともとショートの子もいれば、綺麗なロングヘアの子もいた。そんな子にも、容赦なくバリカンが入れられていた。それもかなり短く刈られていた。笑顔の子もいれば、顔が引きつっていたり、涙をこらえている子もいた。
 香織は目が釘付けになった。こんな世界があるなんて…。そして封印していた思いが蘇ってくるのを感じた。あの中学生の時に体験したバリカン…刈り上げにされている時に味わった、あの快感。こんな感覚は女の子として変だと思い、3年間髪を伸ばし、バリカンとは無縁の生活を送っていた。
 しかしこうなるともう止められない。次々に動画をクリックした。子どもから大人まで、たくさんの人が坊主になっていた。さらには断髪フェチなる嗜好があることまで知った。男性に多いようだったが、中には女性もいた。坊主にしたいけど出来ない。そんな女性の声をいくつも見つけた。
 私はやっぱり、あのバリカンをもう一度体験したい。それも中途半端な刈り上げなどではなく、今度は丸坊主にしてみたい。もはやこの思いは堪え切れない。自分が今いちばんやりたい事をする。これが私の生き方だ。ロングヘアで女性らしくするよりも、今はとにかくバリカンを心行くまで体験したい。
 そうと決めれば行動力のある香織。まずはウイッグを用意した。これならば坊主にしても生活には支障がない。
 次に床屋選びだ。坊主は美容院ではなく、本職の床屋がいいだろう。また動画を観ていく中で、香織は手動バリカンの存在を知った。電動のバリカンと違い時間をかけて、ジワジワと刈られていく。どうせならあの感触を味わってみたい。
 しかし今の時代、なかなか手動バリカンを使うお店が見つからない。一度思い切って古そうなお店に電話で尋ねてみたが、怪訝な声でないと言われた。
 検索を繰り返し、ブログからようやく見つけた。都内でおばあさんが一人で経営しているお店で、手動バリカンでやってくれるらしい。
 決行の前日、あらためて鏡の前で自分の髪を見つめた。あまり手をかけていないものの、ストレートの黒髪は、自分で言うのもなんだが綺麗な方だ。これをツルツルの坊主にしてしまったら、一体どうなるのだろう。あの時は襟足だけだったが、あのバリカンが頭全体に入るのは、どういう感覚なのだろう。髪を上げてみたが、ピンとこなかった。
 翌日、電話をせずにお店へ行った。あらかじめ電話をすると、断られるかもしれなかったためだ。ドキドキしながら入ると、ちょうど男の子が坊主にしているところだった。手動バリカンで刈る様子を、食い入るように見つめた。今から数十分後は、私もあの子のようになる…。自分で決めたこととはいえ、そこは女の子。本当に良いのかと、今更ながら自問していた。

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