『行き過ぎた節約』
派遣社員の私の生活は困窮していた。食べ物を始め物価が上がり、仕事が入らない日もあり、毎月ギリギリの生活。何とか生きていた。
当然節約はしている。食事はもちろん自炊。安い食材で切り盛りしているし、夜にスーパーへ行くと半額になるのを狙って買い物をしている。サブスクはほとんど解約し、百均をフル活用し、入浴もシャワーで済ますことが多い。最後に外食をしたのは数か月も前のことだ。
そもそも派遣をやっているのは、新卒で就職した会社がブラックで、心身ともに疲弊し半年経たずに辞めたからだ。それ以降は就職出来ず、派遣で食いつなぐ日々だった。
社会人生活はこんなはずではなかった。しかし現実は毎月の支払いに怯えている自分がいる。何とか打開しようと副業に手を出してみたが、あまり上手く行かなかった。
まだ節約できることはないか。ネットを検索していると、坊主にした女性の話があった。何でも私と同じように困窮し、ロングヘアを思い切って丸坊主にしたらしい。シャンプー、リンス、トリートメント、それに美容院代。それら全てがかからなり、月単位で1万円以上節約出来たらしい。日常生活ではウイッグを付けているから問題ないし、髪か伸びてくると購入したバリカンで自分で刈っていると。
目が丸くなった。丸坊主だなんて…信じられない。しかも私と同じロングヘアをバリカンで刈ってしまうなんて。そこまでして節約なんて、私には出来ない。
高校時代、一度だけ友達とノリでショートにしたことがある。でも美容師さんと上手くコミュニケーションが取れず、想像していたショートにはならなかった。いきなり首元でバッサリ切られ、不安が増していった。やめてと言いたかったが言えず、気づいたら中途半端に短くされていた。襟足もジョリジョリしていた。バッサリ切ったことを激しく後悔した。
それ以後は頑張って伸ばした。ショートは怖いからもうしなかった。ロングは朝はとりあえず結べば良かったし、男性受けも良かった。
だが、現実は厳しい。日々の支払いの他、奨学金とリボ払いが重く伸し掛かっていた。坊主にすることでそんなに節約出来るのなら、私も坊主にしてみようかな…と次第に考えるようになっていった。
思い切って床屋で坊主にしようかな。本気でそう考えていたある日、ネットサーフィンをしていたら、奇妙なHPを見つけた。『断髪動画』なるものを制作、販売している会社だった。恐る恐るクリックしてみると、女性が丸刈りにされていく過程があった。HPにはこう書かれていた。
・当社は女性が髪を切る動画を制作しています。
・モデルさんを大募集しています。
・髪を切る以外、例えばAVのようなことは一切行いません。あくまでも断髪のみです。
・ウイッグは提供致します。
・謝礼は髪の長さ、断髪の内容、モデルさんの容姿により異なります。
こんな動画があるの…?試しに動画サイトを開いてみると、物凄い数の断髪動画がヒットした。可愛い女の子が笑顔で刈られているものもあれば、泣いている物もある。海外ではチャリティーで坊主になるものもあった。
想像を絶する世界だった。こんなフェチズムがあるなんて…。でもなんでみんなサバサバしていられるのだろう。長い髪がバリカンで坊主にされているのに、どうして笑っていられるのだろう。私なんか数センチ切るだけでもドキドキするのに。それに坊主にしちゃったらしばらくは元に戻らない。それなのに…画面の女の子たちが信じられなかった。
本当は無理して笑っているのだろうかとも思った。謝礼が出たり、友達に誘われてチャリティーで仕方なく切っているのかもしれない。そう思わないとどう考えてもおかしい。女の子にとって髪は大切なはず。それをああも簡単に坊主にするなんてあり得ない。
だが謝礼をもらえる上にウイッグまで提供してくれる。床屋で丸坊主にするよりかはかなりいい。問題は顔出しだが、そんなことに拘っていられない。私の知り合いが観るわけがないし。
でも果たしていくらもらえるのだろう。『髪の長さ、断髪の内容、モデルさんの容姿により異なります』なんて書いてあったが、私にどれだけの価値があるのだろうか…。
数日間、決断出来なかった。やっぱり髪を切るのは嫌だ。綺麗に伸ばしてきたし、そこまではしたくない。だが通帳やクレカの請求を見ると、そうも言っていられないのが現実だ。
親友の茉莉に相談してみた。こんな時は彼女しかいない。
「…それでね、私その断髪動画に出ようか迷っているんだけど…茉莉はどう思う?」
「う~ん、そうね…私だったら坊主にはしたくないなぁ。」
「そうよね…。」
「でも舞はお金がピンチなんでしょう?だから出ようかなって迷っているんでしょう?」
「そうなのよ。まとまったお金がほしいし…。」
「話だけでも聞いてみたら?それからでもいいじゃない。」
「そっか…確かにそうよね。一度話だけでも聞いてみようかな。茉莉、怖いから付いて来てくれる?」
「いいわよ。私はやらないけどね!」
「ありがとう。じゃあお願いね。」
後日。カフェに現れたのは意外にも普通のサラリーマン風の男性だった。もっと怪しい人が来るかと思っていた。
言葉遣いもきちんとしている。理路整然と説明してくれた。一番気になる謝礼は以下の通りだった。
・ショートカット…1万円
・刈り上げショート…3万円
・スキンヘッド…20万円
「正直、なかなかスキンヘッドにしてくれるモデルさんは見つからないのが現実です。バリカンで丸坊主にするだけでもハードルが高いし、その上剃刀で剃り上げるとなると、たいていの女性は躊躇します。だからこの金額なのです。」
確かにそうだろう。いくら何でもスキンヘッドにするのは、普通の女性は無理だろう。
そしてもう一つ提案してきた。
「もしお友達も一緒にやるんだったら、1人25万ずつ出してもいいですよ。お二人とも美人さんですし。」
「私も!?いや、私はただ付き添いで来ただけですので…。」と茉莉。
「そうですか…お二人とも美人だし、綺麗な黒髪をしていらっしゃる。だからこそ、剃るところをみんな見てみたいのですよ。そうですね…特別にあと5万ずつ出します。一人30万。それでもやってもらえませんか?」
「そんな…。」茉莉は考え込んでしまった。
「あの、お聞きしたいのですが、バリカンや剃刀って痛くないのですか?私刈り上げにもしたことないので怖くて…。」
「よく聞かれるのですが、大丈夫ですよ。例えば野球部で坊主にしている男子がバリカンを痛いなんて言わないし、普段腋毛を剃られているでしょう?それと同じですよ。」
それからもいろいろ話すうちに、前向きに考えるようになっていった。茉莉は終始無言だった。
会社の人と別れてからカフェに入った。
「茉莉、大丈夫?さっきから黙っているけど。」
「うん。いろいろ考えていたのよ。正直私もお金は欲しい。髪を剃るだけであんな大金をもらえるなんて信じられない。でも丸刈りにされた上、尼さんみたいに剃られるのは…ちょっとね…。」そう言って背中まで伸びた髪を触る茉莉。確かにこの髪が剃られるのは嫌だろう。
「伸びるまでどれ位かかるのかな…。」
「舞はやるの?」
「うん。もうやるしかないなって。この際四の五の言っていられないし。」
「せっかく伸ばしてきた髪なのに?」
「ショートが似合わないから伸ばしていただけだし、そろそろ髪も傷んできてからリセットしてみようかなって思うの。」
「そうなんだ…。」
「茉莉もやってみない?」
「ちょっと考えさせてね…。」
茉莉がやらなくても、私はやってみよう。たかが髪を切るだけだ。髪はまた伸びてくる。今この窮状を脱するには、髪なんか安いものだ。ツルツルに剃られるが、それだけで20万も貰える。こんなに美味しい話はない。毬もってくれたら30万だ。でもこんなこと強要は出来ない。
翌日早速会社に連絡し、気持ちを伝えた。会社へ赴き契約書にサインした。『髪型はスキンヘッドになるのを了承し、異議申し立ては一切行わない。』という項目を読み、ドキッとした。撮影場所は契約している床屋で、撮影日は次の月曜日と言われた。茉莉にも連絡した。
「茉莉、聞いてよ!今度の月曜日に撮影が決まったんだ!床屋さんで私スキンヘッドになるよ!!」
「そ、そうなんだ…本当にやっちゃうのね?」
「うん。髪なんてすぐに伸びるし、今は髪よりもお金が大切よ。」
「私も付いて行っていい?」
「もちろんよ。本当は少し不安だから付いて来てほしかったの。ありがたいわ。」
日曜日。いよいよ明日髪を剃られるのかと思うと、急に怖くなってきた。シミュレーションしておこうと断髪動画を観た。長い髪に額からバリカンを入れられ、あっという間に丸坊主にされていく女性たち。その後剃刀で剃られ、ツルツルになっていく。私は明日こういう目に遭うんだ…。この長い髪が全部…自然と涙が溢れてきた。
いつもよりゆっくりと時間をかけてシャンプーする。リンスもした。ドライヤーも念入りに行い、労わるようにブラッシングをした。しばらくこんなことは出来なくなる。手入れが終わると、ヘアケアグッズを全て押し入れの奥にしまい込んだ。
当日を迎えた。茉莉と待ち合わせをして会社へ行く。車で床屋さんへ連れて行かれた。そこはいかにも古くからある、町の床屋といった風情だった。お洒落とは程遠い雰囲気。いつも行く美容院と対極にあった。
既に撮影の準備は整っていた。監督と名乗る人が挨拶をしてくれた。
「それで、どっちの子からやるの?」
「え?どっちって?」
「舞、黙っていてごめんね…。実は私もやることにしたのよ。」
「ええっ!?茉莉が?なんでまた?」
「私もお金が欲しいし、刺激も欲しくてね。何年もロングで飽きちゃったの。ショートにしようかなって前から考えていて、今回話が来て、これは面白そう、しかも大金がもらえる、乗らない手はないと思ってね。」
「嬉しいわ!心強いし、もらえるお金も増えるし。」
「私からやってもいい?」
「いいよ。最初でいいの?」
「うん。こういうことは早い方がいいと思ってね。」
断髪の前にインタビューが始まった。
「こんにちは。今日はお二人ともスキンヘッドにするんだね。今の心境を押してくれる?」
「はい。ドキドキしています。」
「私もです。」
「そうだろうね。女の子が丸坊主にした上にツルツルに剃るなんて、まず考えられないよね。今まで最短の長さはどれ位だったの?まず茉莉ちゃんから聞こうか。」
「私、学生時代はバレー部だったので、後ろも横もガッツリ刈り上げていましたよ。」
「ああ、いかにもバレー部みたいな?」
「そうです。もちろんバリカンで。長さは3ミリだったかなぁ。」
「嫌じゃなかったの?」
「始めはすごく抵抗ありましたが、みんなやっているし逆らうと監督に切られちゃうって聞いたので。」
「監督に?実際にやられちゃった子はいるの?」
「一人だけいました。バッサリ切られた上にバリカンを入れられて、ひどい髪型にされていました。それでその子は結局床屋でスポーツ刈りに刈り直してもらっていました。」
「それは凄いね。茉莉ちゃんは床屋で切っていたの?」
「いいえ。美容院でした。」
「すると床屋は今日が初めて?」
「はい。」
「今日は久しぶりのバリカン、しかもスキンヘッドだね。最後に意気込みを聞かせてね。」
「はい。今日私は初めてスキンヘッドにします。ドキドキしていますが頑張ります!」
「次に舞ちゃんに聞こうか。舞ちゃんはショートにしたことはあるの?」
「一度だけあります。高校生の時にイメチェンでバッサリ切りました。」
「切る前は長かったの?」
「ええ。」
「どれ位切ったの?」
「耳を出していました。」
「後ろは刈り上げていたの?」
「刈り上げはしなかったのですが、襟足とか耳周りをバリカンで整えられた時はゾクッとしました。」
「似合っていた?」
「それがひどく似合っていなくて、その時のことがトラウマで、以後は伸ばしています。」
「じゃあ今日は久しぶりのバッサリなんだ。しかも剃髪。怖い?」
「はい。動画はたくさん観てきたのですが、やっぱり怖いです。」
「大丈夫だよ。バリカンなんて一度入っちゃえばどうってことないよ。今まで出演してくれた女の子たちも始めは怖がっていたけど、やってしまえば案外大丈夫だったし。どんな風になるか、想像してみた?」
「はい。でもどんなに髪をかき上げても、今いち想像が出来なくて…。」
「どうなるか楽しみだね。じゃあ最後に意気込みを聞こうか。」
「えっと…私もスキンヘッドにしますが…正直まだ迷っています。でもここまで来たんだから、思い切ってやっちゃおうかと思います。」
インタビューが終わり、茉莉が椅子にちょこんと座る。童顔で小柄な彼女は女の私から見ても可愛い。理容師はおじさんを予想していたが、意外にも女性だった。歳は40代だろうか。同じ女性に切られるのは、何だか複雑な気持ちだった。
長い髪を持ち上げてケープを巻き、白い紙を首に巻く。
そして理容師さんはバリカンを構える。
「一気にやっちゃうけど覚悟はいい?」
「はい…。」
「バリカンをここから入れていくわね。」
「前髪からですか?」
「そうよ。その方が諦めもつくでしょうし。」
そう言って、茉莉の前髪を左手で掴む。思わずギュッと目を閉じる茉莉。その刹那、バリカンがゆっくりと前髪に入った-。
一瞬で前髪が刈り取られ、坊主頭が現れた。顔を顰める茉莉。次のバリカンが入り、坊主の部分が広がる。
「どう?バリカンの感触は。」
「なんか…凄いです…ちょっと触ってもいいですか?」
「どうぞ。」
茉莉はケープから手を出し、今刈られた部分に触れる。
「ない…さっきまであったのに…。」
「これがバリカンよ。これからどんどん刈って行くからね。」
バリカンが再開された。大きな音を立てて、次々に刈られていく茉莉の髪。豊かなロングヘアがみるみるうちに無くなっていく。バリカンが通った跡は、坊主頭が現れた。
何度も動画で観てきたが、いざ間近で見ると恐怖で顔が引きつる。坊主にするってこういうことだったのか。止めておけば良かったかも-。
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