『一大決心-SIDE-B』

 美咲こずえ、20歳。所属10年の劇団員-
 私は青春の全てを、演劇にかけてきた。同級生が遊んでいる間、来る日も来る日もレッスンと舞台。何があっても辞めずに、ここまできた。
 そんなある日、私に大チャンスが巡ってきた。監督から、初めての主役を依頼された。今までは端役が多かっただけに、遂に来たかと喜び勇んだ。
「監督、どんな舞台ですか?」
「尼僧の半生を描いたものだ。しかし一つだけ厳しい条件がある。」
「監督、その条件って何ですか?」
「その、言いにくいのだが…尼僧を演じるために、実際に頭を丸めてもらいたい。鬘だとどうしてもリアリティーが出ない。だから実際に坊主に出来る役者が必要なんだ。他の役者にも一応聞いてみたが、さすがにみんな断ってきたよ。」
「丸坊主って…本当ですか?…。」
「ああ、本当だ。と言っても断るのが当然だと思う。男でさえ坊主にするのはかなりためらうからな。でもお前なら、坊主も似合うと思うけどな。」
「わかりました。少し考えさせてください…。」
 帰り道、主役のことよりも坊主にすることが頭から離れなかった。思い出すのは野球をしていた兄。よく父が兄の頭を坊主にしていたっけ。だからバリカンというものがどういうものか、どうやって髪を刈るかは私にもわかる。けれどまさか私の髪が…そんなことありえない。昔はショートにしていた時もあるが、バリカンなんて使ったのは、せいぜい襟足を整える時ぐらいだ。
 それに、愛する彼が許すわけがない。彼の好みもあって、ここまで伸ばした髪だ。彼は特にポニーテールが好きで、髪を切りたいと言うと、なんだかんだで止められてきた。それにもし本当に坊主になったら、私の前から去ってしまうのではないだろうか?それが何よりも心配だった。
 けれどこれは大チャンス。夢にまで見た主役だ。髪さえ切ればいいだけの問題ではないか?髪なんてまた生えてくる。主役を張れるチャンスなんて、そうそう訪れない。このチャンスは逃したくない!
 そうは言っても坊主にピンとこない。そこで動画サイトで、坊主にする女性を見ることにした。驚いたことに、外国ではチャリティーで女の人が次々に坊主にしていた。笑顔の子もいれば、今にも泣きそうな子もいた。ロングの子、ショートの子、どんな女の子も一様に髪を坊主に刈られていた。私もこうして坊主になるのかな…。自然に手に髪をやっていた。
 それから3日間、悩みに悩んだ。そして意を決して監督に話をした。

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