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戦争中のウクライナでの生活

ウクライナに来て、早くも8ヶ月が経とうとしてる。
戦争の始まった次の週にボランティアとして来て、ミサイルや砲弾がガンガン飛んでくるところにいたこともあり死を覚悟したことも何回もあったけど、今はリビウという西の町でわりかし普通に暮らしてます。

さて、なかなか忙しかったり、気疲れしてTwitterなどを開く気にもなれなかったけど、『もうちょっとやってること発信しなよ、もったいないよ』という友人の助言もあり、かといってたまぁに開くだけのTwitterでは載せられる情報量が少なすぎるのでNOTEを書くことにした。週に2〜3回は日記形式で頑張って書こうと思うので、応援してくださる方々、心配してくださる方々への定期報告になればと思う。

おにぎり屋さんはどうなったの?

実はあんまり発信してないけど、すでにおにぎり屋さんは8月に屋台で開業しています。子どもたちへの炊き出しなどもしました
ところが、2ヶ月弱経って、警察に許認可をとれと言われ中断、それで少し時間ができたんでこのように発信していこうと考えました
開業する前に、弁護士3人、現地のレストランオーナーに確認をとった上でスタート
けど初日に警察に『ここでやるなら許可が必要、あそこならやっても大丈夫』と言われその大丈夫と言われた場所に移動。そして2ヶ月たち、その大丈夫と言われた場所で別の警察に許可を求められた。
もともと、自分は『絶対に許認可これで大丈夫なんてことはないから。必ず誰か警告しにくると思う。そしたら、その人に聞いて許認可の手続きをしよう』って仲間に言っていた。けどいざ申請に移ると、担当者でさえ『わからない』という返答ばかり。決まった申請フォームもなく、一筆書いて一応申請はしたがどうなることやら…
ただ、売り上げや利益はとても順調だった。控えめに見積もっても、十分に利益と人を雇う余地はあるので、結局店舗を借りるしかないのかな、という考えになってる。
今は中断し、店舗を探してます(それにしても英語通じる人が本当に少なくて大変)

海外で、しかもあまり起業しやすくない場所で起業するというのは本当に大変だと痛感してます。が、だからこそ日本食や日本の文化というすごく売りやすいものが、あまり売られていない。ブルーオーシャンにはブルーオーシャンなりの理由がある。外人が起業するのは簡単ではない国。特に西のリビウなどは。弁護士、会計士、役所、取引先、全ての人がみんなスローで、『明日までに返答する』と言ったまま音沙汰がなくなるなんて日常茶飯事どころか、60〜70%の確率でそうなる。キーウのウクライナ人でさえ、『リビウの人は…^^;』という感じ。
だからこそ、そこをクリアできれば、競合は他の地域よりは現れにくいんじゃないかな…

たくさんの人に応援されて、たくさんの人に協力して頂いたから、しっかりこの後の軌跡も伝えていこうと思います

明日はリビウでの生活ルーティンでも書こうかな、、写真付きで
もしこんなこと知りたい、聞きたい、ってのあったら教えてください

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