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メダルという評価基準を超えたチャレンジ

 北京冬季五輪、スノーボード女子ビッグエア。

 岩渕麗楽選手は、3回目、女子では誰もしたことのない「トリプルアンダーフリップ」という大技を繰り出した。 

(twitter https://twitter.com/YahooNewsTopics/status/1493441186002046977より引用)


 惜しくも着地の後バランスを崩し転倒扱いになってしまったが、オリンピックという大舞台で、誰も挑戦したことのない大技に挑んだことに、出場した選手たちも駆け寄って、そのチャレンジを褒めたたえた。


(twitter https://twitter.com/gorin/status/1493438997993242624より引用)

 
 しかしながら、岩渕選手の順位は、惜しくもメダルに届かず、の4位。同じ日本チームの村瀬心椛選手が3位となり銅メダルを獲得した。

 村瀬選手は、冬季オリンピック日本選手最年少メダルとのことで、その快挙を素直に祝福したいと思う。

 しかし、日本におけるマスコミの「メダルを獲ることがすべて」の風潮は全く変わっていない。

 
 当日の昼のニュースでは、村瀬選手のメダルの映像ばかり流された。

 そしてコメンテーターが「銅メダルすごいね!」というコメントに終始していた。


 しかしながら、実際に戦った選手たちはわかっている。

 岩渕選手のチャレンジがどれほど衝撃を与えたものかを。


 3位と4位。

 得点にすれば、わずか5.5点差。

 もちろん「トリプルアンダーフリップ」が成功すれば・・・というのはよしておこう。


 
 国別対抗選手権である「オリンピック」という舞台において、3位と4位には天と地ほどの大きな差がある。

 ぶっちゃけ3位でなければ、4位でも5位でも12位でも評価は同じなのだ。


 
 だが、夏季オリンピックのスケートボードもそうだが、近年の「横ノリ」系の競技における評価基準は、「いかに難しいトリック(技)を成功させるか」である。

 各選手は、いかに難しい技を極めるかという観点で切磋琢磨し、技を自分のものとすべく練習を繰り返し、W杯やXゲームなどの大舞台で披露していく。

 その中で、素晴らしい技には心から敬意を表するという、国や人種を超えたリスペクトの精神が生まれてくる。

 

 昨年開催された「東京オリンピック」でも同じようなシーンがあった。

(twitter https://twitter.com/gorin/status/1447509782550638598より引用)


 スケートボード女子パーク決勝で大技に挑戦しながら転倒し4位に終わってしまった岡本碧優選手を、各国の代表選手が抱きかかえ上げ、励ましたのだ。



 僕らは、あまりにも国を意識し、メダルを獲ることに関心を寄せてきた。

 その期待を痛切に感じ、謝罪する選手もいる。


 いまだに、スポーツで他の国に勝つことを「国威掲揚」としている国もある中で、「横ノリ」系のスポーツがメダルという評価基準ではないスポーツの価値を示してくれている。


 「高みを目指してチャレンジし続け、素晴らしい技には他人であろうと心からリスペクトする」

 若者の感性は、もう国を超えて、敵味方を超えて、多様性と寛容という新しい時代へ進んでいる。


 今回の岩渕選手のチャレンジにおける選手たちの抱擁は、まさに「リスペクト」が凝縮されたシーンだった。

 男子フィギュアスケート4位の羽生結弦選手の「クワッドアクセル」へのチャレンジも、金メダルを獲ったネイサン・チェン選手をはじめ多くの選手称賛した。

 みんな4位なのは、偶然ではないのかもしれない。


 
 これからも彼らは新しいチャレンジをし続けるだろう。


 矛盾した言い回しにはなるが、メダルを超えた価値を示した彼らだからこそ、メダルという評価基準の大会を目指しチャレンジし続けることができるのかもしれない。

 メダルという評価基準を超えてチャレンジしながら、メダルを狙っていく・・・

 
 彼らの感性と新しいスポーツの価値を清々しく感じている。

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