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【書評】タコの心身問題

(ピーター・コドフリー=スミス著 みすず書房)
11代伝蔵 書評100本勝負 44本目

本書も熊本の長崎書店で購入しました。多分この本屋でなければ目に止まらなかったと思われます。やっぱり長崎書店hは魅力的な本屋さんですね。
 ところでやや唐突ですが、グットクッカーであった母のおかげで好き嫌いがありません。しかしながら好物と聞かれれば断然お寿司です。その中でもタコが一番のお気に入り。タコに関してはシャリのある握りよりも桜煮の方が好き。仕込みが大変なのか提供するお店が少ないのは残念ですが。本書を目にしたとき「そう言えば、好物なのにタコのことは何にも知らないな」と思い、手に取りました。タコの生態について知りたいと思ったのです。一読して驚いたのは本書が単にタコの生態を記述するだけでなく、その心身を人間のそれとの比較をしながら丁寧かつ慎重に詳述しています。何に驚いたって著者は哲学者だということです。著者にとってタコのあれこれについて考察することはすぐれて哲学的な問題であるらしいのです。ただし哲学に於いては「精神と物質との関係」という古くからのテーマがあり、それは人間だけを対象とするものではないようです。その辺りの問題を著者は次のように述べます。

そして海こそが心を生んだ場所だ。たとえ非常に素朴なものだとしても、われわれと違う種類の心が海で生まれていたことは間違いない。

(1違う道筋で進化した「心」との出会い)

 この記述には補足が必要です。この世の全ての生物は海を起源とすることはよく言われることです。我々人類とは様々な点で異なる全ての生物は辿っていくと海に行き着き、そこから進化していきました(と知ったような書き方ですが本書からの知見です)。著者は趣味?のダイビングを通し、タコやイカの生態を観察することで、「心の進化」というものに興味を持ち、本書をものすまでになりました。それだけ海の中で出会ったタコやイカが著者にとって興味深い生物だったのでしょう。

 まず著者が驚いたのは(そして多くの読者も驚くのは)タコやイカの好奇心の強さです。食べることができないと分かっていても時に積極的にアプローチしてくるといういうのです。そこから著者は「タコやイカは何を考えているのか」に興味を持ち、心の問題にまで行きつきました。当然ながら生物としてのタコやイカの生態に著者は関心を向けます。脳が発達していてその割合も大きいといいます。本書ではいたずら好きのタコのエピソードをいくつか紹介しています。一般に考えられる以上に知性の高い、賢い生物のようです。また目は光を感じるだけでなく、ある程度像を結びますが、色を識別することはできず、モノクロでしか認識できないそうです。それにも関わらず、タコは体の色が七変化します。しかも廻りの環境に同化するためだけでなく、色の変化自体が目的ではないかと思わせるように変化するのです。時として例えようのない、魅惑的な色に著者は魅了されていき、その記述に読者もまた魅了されていきます。
 多くのページは生物学的な内容で僕がイメージする哲学書とは大きく異なる内容です。専門的な記述もあり、典型的な文系人間である私には難しい箇所もありましたが、タコに対する著者の畏怖の念に共感しつつ、読み進めることができました。最終章の海洋環境に対する批判はそれまでの内容の深さに比べると紋切り型で少し底が浅いと感じましたが、本書の魅力を失わなすものではありません。今のところ今年度のベストワンで、自信を持ってお薦めできます。

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