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Not Bitch On Beach With Peach

誰かに見せ付けるような芳醇な桃を備えているわけではない。


誰でもいいわけなんて もっとない。


夏を楽しむ為に この砂浜に来ただけ。


なんでだろうな。


この夏が無ければ 今がないと感じてしまうなんて。


時間が錯覚を引き起こしたんだろうね。


始めは ただ本当に砂浜でBBQをしながら クーラーボックスに詰め込んだ 大好きなアルコールと気心を知った仲間と過ごせればいい。


そんな心持ちで訪れただけなのに。


そう。


この砂浜と時間が時の砂に融合して 仲間でしかなかったあなたをそれ以外の何かに変化させたんだ。


胸の奥に宿った炎にどんな名前が授けられるのか。


これは そんなお話。






まだ寒さと積雪が残ったままの故郷を飛び出した。


どれくらい前なのかを数えるのは少々面倒になるくらい。


昔から 自分が楽しいと思える場所で 誰かと喜びや感動を共有するのが好きだった。


だから 色々な接客業を主に夜行性な場所に在籍することが多かった。


たくさんの笑顔。


たくさんの現実。


苦楽が全身に記憶のように刻まれた。


全ての経験が 私の在るべき姿を明確にしていった。


今でも尚 クッキリとした輪郭は描ききれていないけれど 描き続けている現在を楽しみながら生きていることだけは 確信を持って誰かに伝えられる。


故郷を飛び出した時も。


様々な経験をして この砂浜に遊びに来た今も。


変わらないことは 自分の心が惹かれる空間や時間を過ごすこと。


既存の在来線じゃなくて。


新規で敷かれ続けたレールの先に居る。


あなたにも 在来線ばかりを利用していたら出会っていなかった。


人生を賭けた新規のレールだから会えた。


太陽の染み込んだ砂浜。


流されるように来たんじゃない。


導いたんだ。


真夏の蜃気楼を掻い潜って。


「これさ…苦手じゃなかったら食べる?」


周りがガヤガヤとBBQの雰囲気に包まれて盛り上がっている中で 少しだけ休みたくて みんなから離れた場所にあるパラソルの下に座ってた。


押し寄せる波を寝惚け眼で。


引いていく波音を無意識に掴んで。


そんなタイミングだったから 隣にあなたが来たことに微塵も気付けなかった。


「親戚が美味しい桃を送ってくれて冷やしてたんだけど…まだみんな食べててデザートって雰囲気じゃなくてさ…最初から飛ばし過ぎちゃって。」


あなたは お腹いっぱいだと言わんばかりにお腹をさすりながら切り分けて爪楊枝の刺さった桃を持ちながら静かに座った。


「同じく。」


そうなんだ。


私も彼と同じく みんなが焼いてくれたお肉や野菜を序盤から食べ過ぎた結果 ここにいた。


「ちょっと早いけど 2人でデザートにするか?」


「桃食べたら交代しよっか。」


「だね~。」


考えてみれば あなたとのツーショットトークは これが初めてで ここから今まで隣に居るなんて想像がつかなかったんだから あなたにも出来ていなかったに違いない。





それから また思い出が脳内ファイルの容量を埋めた。


私にも 色んなカタチをした恋が訪れては去っていった。


唯一 初めて出会った瞬間から距離感が変わらなかったのは あなただけだった。


「こんなことがあって…それでね…」


湧くように溢れて止まない言葉の全てを受け止めてくれた。


「それは…辛いな…後で桃食べにウチ来る?笑」


結末はいつも桃に落ち着く。


初めて言われた時は 冗談だとばかり感じてマトモに取り合ってくれなくて いなされてるだけだと思っていたけど。


疑心暗鬼に人肌恋しさを求めて入ったあなたの家の冷蔵庫には程良く冷えた桃が準備されてた。


「てっきり笑わせようと冗談で桃のこと言ってると思ってた。」


「付き合ってた彼氏さんの事は知らないけど…俺が今まで君に嘘をついたことがあった?」


無かった。


少なくとも私の知る範囲では。


あなたの言葉の重さと優しさが果汁のように甘く浸透した。


それからは信頼成分を過多に含んだ愛情をお互いが持ったままの時間が続いた。


「今のままの距離感すごく居心地良いんだけど…このままでいいのかな…?」


少し遠距離で過ごしていた時。


私は彼に何気なく聞いたんだ。


「同じく…ではあるけど…まぁ…そうだよな。」


私の指には桃を模ったリングが輝いている。


この輝きは そう簡単には鈍らない。


あなたが どんな時も変わらず心の傍に居てくれたように。


私も傍に居るから。


今年もまた あの砂浜が待っててくれる。


「ずっと本当は好きでしかなかった。」


俺がついていた最初で最後の嘘を波音が掻き消したままで。


冷えた桃が机に並んだ時から。


それまでの恋は 1つの愛へ架ける橋の1つでしかなくて。


あの頃の曖昧でフラフラした私じゃない。


確かに聞こえる潮騒も。


目を細めてしまう夕光も。


そこには嘘がもう混じる隙間はない。


2人はどこに居ても。


見えない。


切れない。


重ねてきた時間の糸が。


線になって離さないんだ。


暑い日の。


熱い想いを綴った。


厚い1冊。


糸が切れるまで続く。


そんな物語。

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