見出し画像

【第32回】タイに行くために僕は妄想の世界へ逃げ込む。

2089年。世界は2045年にインドで開発された汎用型人工知能「Śiva」を巡る大戦を経て樹立された世界統一政府によって極度の管理社会が築かれていた。「Śiva」の正確な未来予測のもと人は生まれながらにして死ぬまでのシナリオがすべて確定している。効率良さだけが重視されるそんな未来の話。世界からすべての争いは消え平和な世の中が誕生したが一部の権力者が強大な権力を握り一般の人々は人としての尊厳や自由はなにもない社会で人々の感情はほぼ消え去り死んだ魚のような目で暮らしている。政府の通達により食料の配給を担う倉庫で仕分けの労働をする僕。毎日機械のように働き続けていたけれども、ある日職場が突然襲撃された。襲撃犯は自らを革命軍と名乗り「Śiva」に変わる次世代汎用人工知能搭載の少女の姿をしたアンドロイド「Mio」によって世界統一政府の転覆を図ろうとしていた。ひょんなことから革命軍に参加することになった僕は世界を変えるための戦いに身を投じていく。

よし、我ながらなかなかいい設定ができたぞ。

スーパーの物流センターの中で肉体労働に勤しみ汗をダラダラ流しながら僕はほくそ笑んでいた。これで妄想の世界に逃げ込めばなんとか正気を保てる。

そう、僕は久しぶりのバイトとして単発バイトに参加していたのだ。6時間15分働いて休憩時間は45分。日給6000円ちょっと。まあ田舎の割に悪くはない。

ただ工場内軽作業と聞いて応募したのだけれどもこんな大変な肉体労働があるとは思わなかった。様々な飲料や食料品の詰まったダンボールに仕分け用のバーコードを貼り、それをラインに流していく。労働内容としてはシンプルできっと誰でもできるだろうし法律で禁止されてなければ中学生でもできると思う。

カップ麺などの軽い商品ならまだいいのだけれども飲料の入ったダンボールがめちゃめちゃ重たい。これが非常に疲れるのだ。

それにしてもエアコンくらいつけてほしい。まるで水風呂のないサウナだ。そんなのただの拷問でしかない。社員の人の話ではトラックへの荷物の搬入や搬出で外と繋がっているのでエアコンをつけても効果がないのだとか。

確かに言われてみれば外からツバメが何匹も入ってくるのを見た。この日は雨が降っていたので「ツバメが低く飛ぶ飛ぶ雨」というのは本当なのだなと実感した瞬間だった。

そんな辛い仕事でも来るべき時間になれば全てから解放されて、その対価として賃金を得ることができる。

そうなると無心で手を動かし妄想の世界へと逃げ込んで、ただひたすらに時間が過ぎ去るのを待つのが得策だった。

意外と無心で作業をしていれば時間早く過ぎ去る。1年以上前の話しだけれども、以前単発バイトでお弁当製造工場で働いた時はまるで永遠かのように引き伸ばされた時間を味わったわけで。今回はそう言った点では非常に楽に感じた。

一緒に単発バイトを請け負う優しいおっちゃんが声をかけてくれるのも非常に助かる。むしろこう言った力仕事を委託している企業の社員達より親切かもしれない。

ちょっと大変ではあるけれど続けられそうだ。これからもがんばっていこう。

そんなわけで僕は夏休み中にタイに行く決意をした。

いや、ちょっと待ってほしい。

なんでタイ?とこれを読んだあなたは思ったかもしれない。

ちょっと突拍子もないかもしれないけれど、そういった明確な目標があればきっとバイトも続けられるに違いないと思ったのだ。

もうチケットを取っちゃったし後戻りはできない。背水の陣だ。クレカで支払ったから引き落とし日までには最低限の残高を蓄えなければならないのだ。

本当のところがどうかわからないのだけれども、とりあえず3週間続けたら習慣になるというし。動機がなんであれ無理やりにでも頑張ってみよう。

タイに行くために僕は妄想の世界へと逃げ込むのだ。

あ、そうだ。さっきの妄想の続きとして襲撃された倉庫から脱出した後、大戦によってスラムと化し世界統一政府からの干渉を受けにくい地域となった(という設定の)タイに逃げ込んだことにしよう。生まれて初めて配給ではない食事を取り活気溢れた反乱軍の人々と触れ合うことで人らしさを取り戻していくに違いない。

よ〜し、次のバイトもがんばるぞ!

最後まで読んでくださり、ありがとうございました! ご支援いただいたお金はエッセイのネタ集めのための費用か、僕自身の生活費に充てさせていただきます。