私を救った、「飛び越える」歌 ー 心の師、マドンナとの出逢い

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中学2年のある日。私は自殺しようと決意し、家を出た。なんでその時自殺しようと思ったのか、正直思い出せない。辛い日々を過ごしていたのは覚えているけれど、状況としては今のほうが辛い。でも死のうとは思わないのだけれど、それはこの日の出来事と大きく関わっていると思う。

とにかく自分には居場所がなく、存在してもいけない、自分が諸悪の根源だと常に思っていた時期だ。多分耐えられなくなったのだろう、何も持たず、ただiPodをシャッフルにして出かけた。普段、私はシャッフルで音楽を聴かない。通学のときもアルバムかプレイリストを選んで聴いていた。ただその日は、選ぶ余裕がなかった。当時家から20分弱歩いたところに古いアパートがあって(今は建て替えられている)、階段はオープンだし、屋上のフェンスはあってないようなものだった。何階建てだったかは覚えていないし、当時も気にしていなかったと思う。とにかくそれなりに高くて、そこから飛び降りようと思ったのだ。


そんな時iPodから流れてきたのが、マドンナの「Jump」という曲だった。

そして私は、飛び降りるのをやめた。



Life's gonna drop you down like the limbs of a tree
It sways and it swings and it bends until it makes you see

Are you ready to jump?

人生はあなたを木の枝のように落としてしまう
あなたが理解するまで、震わし、揺さぶり、捻じ曲げようとする

飛ぶ覚悟はある?


この部分が、心に刺さったのだ。この曲は、想像を絶する苦悩を乗り越えてきたマドンナが呼びかける「飛び越える」歌だ。目の前の壁に向き合い、苦しみの中で飛び越えるパワーを与えてくれる曲だ。

Yes, I'm ready to jump
Just take my hand
Get ready to jump

私は準備ができている
ただ私の手を取って
飛び越えようとしてみて


その時、私には壁が見えた。実際の光景は急転直下、でもそこにあったのは上に向かって飛び越える壁だった。飛び降りるんじゃない。今ならまだ飛び越えられるかもしれない。私は来た道を引き返し、家に帰った。

それが私の心の師との出逢いの瞬間、言い方を変えれば、マドンナが心の師となった瞬間だった。


人生とは不思議で、運命ってあるんじゃないかと思うときがある。必然性のある運命が。私がマドンナの音楽に触れたのはこの日から3か月くらい前のことだ。それまではロック少年で、特にそのころ聴いていたのはディープ・パープルとレッド・ツェッペリン。ポップや電子音で作られた音楽は嫌いだった。ろくに聴いたこともなかったけれど、「魂がない」と思い込んでいた。そんな私がなぜ、ふとマドンナのベスト盤『Celebration』を買ったのかわからない。買ったその時もわからなかった。当時メディアで大きく宣伝されてはいたけれど、ポップへの偏見もあったし、その日もマドンナを手に取る前に真っ先にロックの棚に向かったのだった。

でも結果としてマドンナのベスト盤を買ったので、聴いてみた。のめり込んだ。自室のコンポのスピーカーに食らいつくようにして聴いている自分がいた。それからというもの、学校から帰ってきてはまずDisc 1を聴き、続いてDisc 2、そしてまたDisc 1と、何度も繰り返し繰り返し聴いた。そこにある何かが私を強く惹きつけた。そして、貯めてあったお年玉と毎月のお小遣いをフルに使って、オリジナルアルバムを発表順に12枚(当時出ていたのは『Hard Candy』まで、『I'm Breathless』も含む)を3か月で買いそろえた。それまでロックバンドやビリー・ジョエル、エルトン・ジョンといった70年代のシンガーソングライターばかり入っていたiPodが、突然マドンナだらけになった。そんな時の出来事だったから、マドンナに命を救われたと本気で思ったのだ(今でもそう思っている)。


当時はマドンナという人物に関しては、ほとんど知らなかった。知っていたのは『Celebration』の国内盤ライナーノーツに書いてあることくらいだった。それだけでも充分にマドンナが苦労人であることは伝わってきたけれど、具体的なことは、さらっと触れられていた生い立ちくらいの知識だった。実母の死や父親、継母との確執、家出したのちのニューヨークでのその日暮らしの厳しい生活、ショービジネスの社会で女性として考えをはっきり主張し表現することへの差別やバックラッシュなど詳細を知ったのは、命を救われたもっともっと後だった。でも、マドンナの曲のもつ力に、既に心は直感的に反応していたのだろう。そしてマドンナという人物を知れば知るほど憧れは増し、マドンナのような人になりたい、と思うようになった。


それから6年後、2016年のバレンタインデーに、私はさいたまスーパーアリーナにいた。その時点での新作『Rebel Heart』はもちろん買っていたけれど、ツアーの度に来日するアーティストではないし、私がマドンナを聴き始めた後の二つのツアーでは来日がなかったので、今回もないだろうな、と思っていたところに来日決定のニュースが飛び込んできた。驚きや歓喜と同時に、「争奪戦になるだろうな」と、チケットが取れることは期待していなかった。実際、最初にアナウンスされた2月13日のチケットは取れず、期待していなかったはずが大いに落胆している自分がいた。しかしその後追加公演の発表があり、先着先行で待ち構えていたときに、土壇場でログインを忘れていたことに気づいた。ログイン中に開始時刻の午前10時になり、半ば諦めていた。しかしなんと、チケットを確保できたのだ!しかもバレンタインデー!これは生涯最高のバレンタインになるぞと思い浮足立った感覚のまま、当日が訪れた。そして、念願のマドンナを生で見ることができた。その素晴らしいショーを体感することができた。パフォーマンス中の2時間、さいたまスーパーアリーナは私の「聖域」になっていた。音楽ライブにはかなり頻繁に足を運ぶ方だが、後にも先にもこの体験を、この感覚を超えることはないだろう。マドンナは私にとって、特別な存在なのだ。


去年『マドンナの言葉』という本が出版された。「読むことで美しくなる本」というシリーズで、オードリー・ヘップバーンやココ=アヴァン・シャネルといった、歴史を作り上げた女性たちの言葉と、その背景の解説が見開きで書いてある私の好きなシリーズだ。山口路子さんという方がシリーズの著者で、雲の上のような存在の偉大な女性たちを一人の人間として見つめ、その言葉と背景を通して身近に感じられるようなアプローチでとても親しみやすく、その人たちに親近感が湧いてくる素晴らしいシリーズ。読者のターゲットは女性だけれど、男性の私でも共感でき、勇気をもらえるものばかりだ。そのシリーズからマドンナの言葉が出ると知って、発売日に書店に買いに行った。マドンナは特に、その力強いアティチュードや物議を醸すことを恐れない大胆な問題提起、完璧主義のパフォーマンスといった「強い女性」のイメージが大きいが、『マドンナの言葉』を読んで、自分との共通点や共感できる悩みなんかもあって、完全に別世界の人間のように崇めていた私との心の距離がぐっと縮まった。神様のように大きな存在から、私や他の多くの人の心と寄り添うような、地に足のついた存在になった。ちょっと仲間というか、そんな感覚さえ感じるようになった。こうして形は変われど、今でもやっぱり私にとってマドンナは特別だ。
このシリーズはどれも読みやすく面白いので、興味のある方はぜひ手に取ってみてほしい。もちろん私は『マドンナの言葉』をお勧めする。マドンナのファンの方はもちろんだけど、むしろそうでない人に読んでほしい一冊。マドンナに対するイメージが、かなり変わると思う。


マドンナの言葉

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