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【美術ブックリスト】『アート・ローの事件簿 盗品・贋作と「芸術の本質」篇』島田真琴 著

著者は弁護士。日本とイギリスで学び、両国で実務を経験したほか、大学でも教え、さらに新司法試験考査委員も務めた経歴もある。

前著『アート・ロー入門―美術品にかかわる法律の知識』(慶應義塾大学出版会、2021年)が、美術に関わる法律の理論篇であったのに対して、本書は盗品、略奪美術品、贋作といった美術品に関する実際の事件の経緯と裁判の推移と判決までをまとめた判例篇ともいえる。

ここに登場するのは、フェルメール、ゴヤ、モネ、ホイッスラーなどいずれも著名な作品に関する、19世紀後半から20世紀に起きた事件。欧米が舞台の事件のほか、パリで活躍した佐伯祐三の作品の真贋問題や日本で裁判になったモロー作品の贋作裁判も取り上げられている。

単に事件の解説だけでなく、似たような贋作事件でも国によって判断が違っていたり、アメリカでは州法と連邦法が別々の判断基準をもっていたりすることも説明してある。各章の最後には、事件の題材となった作品やその作家についてのあらましもあって、事件から美術に興味を持つ人にとってのガイドともなっている。
ここまでが概要。

ここからが感想。
贋作や盗難は、美術業界の負の側面なので、人は詳しく知ろうという気持ちにはなかなかならない。
本書はそれを法律家の冷静な眼と、美術への敬意を示す温かい眼との両方で見つめていることで、マイナス面ばかりをフォーカスするゴシップ的な記述にしていないところがいい。
当たり前だが法律用語が登場するため、いわゆる法律文書まで硬くはないものの、読み慣れるのに少し時間がかかった。
贋作や盗品売買といっても、意図せずに行われたものや知らずに取引されたものも多く、それをどう判断するはは時代と場所で大きくことなることがよく分かった。

ちなみに本書「事件06」のロンドンナショナルギャラリーのゴヤが描いた肖像画の「誘拐事件」は、近年イギリスで映画になり、日本では『ゴヤの名画と優しい泥棒』のタイトルで昨年上映された。アマゾンプライムに入ったらぜひ観てみたいと思う。

『アート・ローの事件簿 美術品取引と権利のドラマ篇』が同時刊行されているので、このあとすぐ読む予定。

四六判 2200円+税 232ページ 慶應義塾大学出版会

https://amzn.to/3Wqj8ce

目次
 アートとは何か
事件01 ホイッスラー「黒と金色のノクターン・落下する花火」の経済的価値
事件02 ブランクーシ「空間の鳥」とアート?
事件03 ビル・ヴィオラ、ダン・フレイヴィンのインスタレーションは美術品か?
事件04 スターウォーズ、ストームトルーパーのヘルメットは彫刻か?

Ⅱ アート犯罪
事件05 フェルメール贋作の売渡しは犯罪にあたるのか?
事件06 身代金目的の絵画泥棒?
事件07 古代エジプト彫像「アメンホテプ3世頭部像」の輸入
事件08 エゴン・シーレ「ヴァリーの肖像」と国家盗品法の「盗品」
コラム パンテオン・マーブルはギリシャに返すべきか?

Ⅲ 盗品・略奪品は取り戻せるのか
事件09 クロード・モネ「ヴェトゥイユの小麦畑」は取り戻せるか?
事件10 紛失したシャガール「家畜商人」
事件11 エゴン・シーレ「左足を折って椅子に座る女(トルソ)」、「黒いエプロンの女」、「顔を隠す女」とナチスの略奪
事件12 ウテワール「聖家族、聖エリザベスと聖ジョン」と誠実な取引?

Ⅳ アートの真贋
事件13 二枚のダ・ヴィンチ「美しきフェロニエーレ」?
事件14 佐伯祐三の未発表作品群の真贋
事件15 エゴン・シーレ「父なる神の前に跪く若者」の『E』と『S』
事件16 クストーディエフ「オダリスク」は贋作か?
コラム 贋作版画の売却は詐欺罪ではない?

Ⅴ 贋作売買
事件17 コンスタブル「ソールズベリー大聖堂」(贋作)の売買代金は取り戻せるか?
事件18 美術愛好家が購入したアングル「トルコ風呂のための習作」(贋作)
事件19 美術専門商が購入したガブリエレ・ミュンター作品(贋作)
事件20 ヴァン・ダイク「レノックス公ジェイムス・スチュアート」は贋作だったのか?
事件21 日本で裁判になったギュスターヴ・モロー「ガニメデスの略奪」(贋作)
コラム ダミアン・ハーストの実験


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