見出し画像

【美術ブックリスト】 稲庭彩和子編著『こどもと大人のためのミュージアム思考』

「Museum Start あいうえの」は、美術館、博物館、動物園、音楽ホール、図書館が密集する上野公園で、9つの文化施設が合同で行うプロジェクトの名称のこと。こどもたちにミュージアムでの体験をスタートしてほしいという思いで始まった体験プログラム。

本書は企画・運営した学芸員やスタッフといった当事者による2013年度から2021年度までを振り返った記録であるとともに、ミュージアムでモノを見て思考する体験を創造的な新しい学びとして「ミュージアム思考」の名の下に理論と実践の両面から解説していく。

前半が新しい学びとしてのミュージアム思考についての理論編。後半は実践編で、視覚的、身体的、共在的、超越的、持続的の5つの側面からこのプログラムの体験を紐解く。
ここまでが概要。

ここからが感想。
いつの頃からか美術館や博物館ではワークショップや見学会といった子ども向けのプロクラムが増えてきた。舶来の名品に長蛇の列をなして「鑑賞」するのとは別の美術館の役割として、また地方にありがちなハコモノ美術館が今後担うべき役割として、こうした子ども向けの企画はとても大事だと思う。かなり練られた、しかも上野ならではの有意義なプログラムであり、その記録は全国の美術館関係者や後世にとっても重要だ。その意味で大いに読まれるべきだと思う。

しかし腑に落ちなかったこともある。本書は前半が理論編で、なぜミュージアム思考が大事なのか、ミュージアムは社会に対してどんなことができるのかを解説するのだが、どういう時代の要請があってミュージアム思考が大切なのかが分からなかった。後半の実践編を読んでも同様で、例えば共在的思考では「ともにある」ことを理解し広げていこうということらしく、具体例としてワークショップでのモノづくりを通してつながりを生み出していったらしいが、「他者とともにあるための場としてのミュージアムの役割」は前提とされていて、なぜともにあることがそんなに大事なのか、その切迫感というか必要性の説明がない。

複数の著者がそれぞれの立場と関わりから執筆しているという事情もあるが、そもそもなぜこのプロジェクトが立ち上がり、どういう工夫と試行錯誤の末にこの形になったのか、それがどんな成果を生み、学んだ子どもたちがどんな再生産をしているのかという軸となるストーリーが見られないのが残念。ミュージアム思考という新しい概念の提唱が目的になってしまい、「実践」までもが理論構築に利用された感がいなめない。

子どもたちやその親や運営ボランティアの証言と、「冒険ノート」などのたくさんの具体例をビジュアルでたくさん示すともっと良かったと思う。インタビューは、冒頭に掲げられたトーマス・キャンベル氏に話を聞いて欲しかった。少なくとも山口周、落合陽一ではない。

ロジカル思考、デザイン思考、アート思考といったこれまで提唱された思考方法が盛り下がったのは、結局それが何も生み出さなかったからだと思う。ミュージアム思考というものがあるとすれば、それによってどんな成果が生まれたのかを早めに続編で出版してほしいというの私の率直な感想。プログラムに関わった人たちの努力がよく分かるだけに、次に期待したい。

296ページ 四六判 1980円 左右社

❖目次
はじめに
理論編
1 新しい学びのプロジェクトがめざす姿
・すべての子供たちにミュージアム体験を!
・子供と大人が共につくる、学びのかたち
VOICE1 博物館の展示を「相対化」して新たな学びを生む 小川達也(国立科学博物館)
VOICE2  どんな意見も受け入れてくれる場所 藤田千織(東京国立博物館)

2 なぜ今、ミュージアムで新しい学びなの?
・社会の共通財産としてのミュージアム
・ミュージアムがつくる文化的つながり「文化縁」
VOICE3 娘と私の第二の我が家になった上野 安達治枝(プログラム参加者)
VOICE4 固定された関係性から解放される日 廻京子/草野くる美(認定NPO法人キッズドア)

3 ミュージアムで見て考える
・ミュージアムでモノを見るとは
・見て、考える力
・分かち合う力
VOICE 5 ミュージアムがもたらす成長を感じる体験 鈴木秀樹(小学校教諭)

インタビュー
一人ひとりが世界につながる「窓」としてのミュージアム
一條彰子(東京国立近代美術館主任研究員・教育普及室長)
記号化できない世界を把握し、問いかける
山口周(独立研究者、著作家、パブリックスピーカー)
ミュージアムで育む批評的なモノの見方
落合陽一(メディアアーティスト)

実践編
5つのミュージアム思考
1 視覚的思考─モノを見ながら思考を深める
事例① キュッパ部
事例② Hi!Zai (やあ! 材料)
事例③ うえの! ふしぎ発見 コレクター部
考察 「見る」から始まるミュージアムの学び

2 身体的思考─身体感覚を総動員して考える
事例① うえの! ふしぎ発見 けんちく部
事例② やさしい日本語プログラム 美術館でポーズ!
事例③ キュッパ・チャンネル ムービー部
考察 展示室だけではなく、敷地もぜんぶミュージアム

3 共在的思考─他者の感情や経験を理解する
事例① のびのびゆったりワークショップ
事例② ミュージアム・トリップ
事例③ 放課後のミュージアム
考察 「ともにある」ことの意味

4 超越的思考­­─時空を超えて深層に触れる
事例① スペシャル・マンデー
事例② うえのウェルカム
事例③ ティーンズ学芸員
考察 自己を超えた社会や世界とのつながりを見出す

5 持続的思考─答えを急がず問いを持ち続ける
事例① ぼうけん部 哲学対話
事例② うえの! ふしぎ発見  アート&アニマル部
事例③ うえの! ふしぎ発見  ゴッホ部
考察 わからないことを考え続けるということ

おわりに


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?