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美術・アート系の本

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美術に関する新刊・近刊を中心にしたブックレビューです。
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2022年1月の記事一覧

【美術ブックリスト】 稲賀繁美『矢代幸雄 : 美術家は時空を超えて』

日本において西洋近代美術の輸入と普及に多大な貢献をしたのが川崎造船所社長で衆議院議員でもあった松方幸次郎。国立西洋美術館は松方コレクションがもとになっているのだから、文字通りこの国の美術の礎を気付いたといっていい。また原三渓は生糸豪商であり、東洋美術の収集家。現在も残る横浜の三渓園は、原が築いた新進芸術家の育成と支援の場であった。 美術史に残る二人の貢献者に深く関わった美術史家・評論家が矢代幸雄(1890〜1975年)だった。現在ではそれほど言及されることのない人物だが、美

【美術ブックリスト】Brainard Carey『FUND YOUR DREAMS ; Like a Creative Genius』

先週紹介した『Making it in the Art World : Strategies for Exhibitions and Funding』(美術界で成功する : 展覧会と資金集めのための戦略)が面白かった。 https://amzn.to/34ePC2d そこで同じ著者が三年前に書いた比較的手軽なガイドブックを取り寄せて読んでみた。こちらはアーティストが成功するための戦略ではなく、より具体的な資金集めの「戦術」をこれでもかというほど例示していく。訳すと『夢を実

【美術ブックリスト】『大竹彩奈画集 いつか』

美人画を描く若手女性日本画家の中でも、突出して人気の高い大竹彩奈。着物姿、襦袢姿の艶っぽい女性を得意とし、伝統的なモチーフてもかかわらず、現代女性の美しさを描いていて新しい。本の装画や資生堂の化粧品パッケージにも採用されている。 本書は学生時代から現在までに描かれた104点を収録する初の画集。巻頭はグラビアのようで、巻末には池永康晟さんとの対談も収録されている。ここまでが概要。 ここから感想。銀座の秋華洞では画集刊行記念展を開催。月刊美術でも「アトリエ寫眞」という連載ペー

【美術ブックリスト】 大友義博監修『フェルメール 生涯と全作品』

真贋が確定していない5点を含めてもわずか37点しか現存していないフェルメール作品。その中の一つ《窓辺で手紙を読む女》が修復された。 壁には、フェルメールが塗り込めたとされる画中画の存在が知られていたが、最新の研究でそれを塗り込めたのはフェルメール自身ではなく後の時代の誰かであることが分かり、今回の修復で復元された。 この修復後初めての来日展が、1月22日から4月3日、東京都美術館『ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展』として開催されることを受

【美術ブックリスト】Brainard Carey『Making it in the Art World : Strategies for Exhibitions and Funding』

訳すと『美術界で成功する : 展覧会と資金集めのための戦略』となる。 著者は奥さんとアートユニット「Praxis」を結成してコンセプチュアルアートやパフォーマンスを展開するアーティスト。無名だったにもかかわらずさまざまな「戦略」によって美術館で個展を開催するようになるまでになった。そんなアーティストとして成功するまでに実際に試した方法を次々と解説するのが本書。 例えば、これからやろうとしているプロジェクトをDVDにまとめ、すでに有名になっているアーティストたちに送って資金

【美術ブックリスト】出水徹著, 土方明司監修『出水徹 作品集 Toru Izumi Works of Art』

出水徹(1926-)は師範学校卒業後、故郷の小豆島で教職についたものの、学問の道を志して早稲田大学で哲学科を学んだ。卒業後は独学で絵を制作。日展ののち1961年からはモダンアート展を中心に、グループ展や個展などで発表してきた。90歳を過ぎた出水の初期具象絵画から最新の抽象作品まで、タブロー100点とデッサン127点をオールカラーで紹介する画集。ここまでが概要。 ここからが感想。画家は大学で実存哲学を学んだらしい。確かに人間の苦悩の姿を描いた作品やいかにも現代社会の疎外状況を

【美術ブックリスト】大浦一志『雲仙普賢岳 被災民家跡を発掘する』

1990年11月長崎県島原半島の雲仙普賢岳が噴火。翌年6月には大火砕流が発生し43人の死者・行方不明者を出す大惨事となった。 このとき一人の新聞記者が遺した火砕流を間近から捉えた写真との出会いをきっかけに、武蔵野美大教授である著者は1992年から現地を訪れ、被災した家屋の玄関扉の風化や残骸となったトラックを掘り起こして道の駅に設置するなどの活動を続け、記録してきた。それはさらに被災民家を発掘するプロジェクトへと展開していった。 本書は25年にわたる著者の「噴火後の自然を実

【美術ブックリスト】 江里康慧『仏師から見た日本仏像史 一刀三礼、仏のかたち』

仏像の歴史はこれまで日本美術の美術史学の研究対象であった。つまり主に大学教授や美術館学芸員によって語られてきた。本書は現役の仏師が、制作者の視点から日本の仏像について、伝来から発展、衰退と復興といった歴史を解説する。フォルムつまり外見や構造つまり設計の変遷に終始するのではなく、制作技法が時代によって変化していった必然性や使用される素材が日本の風土に根ざしているという解説など、実際に制作するからこそ指摘できる見解が多い。 もともと悟りの境地は不可視であることからインドでは像は

【美術ブックリスト】みうらじゅん,辛酸なめ子『ヌー道  nude じゅんとなめ子のハダカ芸術入門』

エロ本から切り抜いたスクラップブックが700冊を超えるほど、その方面に詳しいみうらじゅん。街中にある裸の銅像を「ヌー銅」と呼称していたのを編集者がより広い範疇に広げて「ヌー道」とした。 アートにおける裸を、主に絵画と彫刻(仏像含む)を対象に論じていく。みうら氏の軽快かつ深遠なヌード論が楽しい。いつも通りの突き抜けた煩悩は素晴らしいとさえ思う。「(芸術家は)歳とるとヌードと猫を描く人が増える」「ロダンは無駄に裸じゃない」など、本質をついた言葉には唸ってしまった。 対談相手の

【美術ブックリスト】 八木透・監修『日本の鬼図鑑』

中国で鬼は「死霊」、つまりゾンビのようなイメージらしいが、日本では河童や天狗と並ぶ三大妖怪とされる。本書は、室町時代以降に描かれた約160点の絵画史料とともに、大江山の酒呑童子、百鬼夜行、金太郎の鬼、一寸法師の鬼、こぶとり爺さんの鬼、鬼子母、夜叉、餓鬼など代表的な鬼たちの出自や系譜を解説する。なぜか34体それぞれの鬼の能力を力、凶暴性、体格、技術、頭脳、統率の6要素でパラメーター表示している。鬼になったという伝説まある阿倍仲麻呂や菅原道真はさすがに頭脳は最強となっている。

【美術ブックリスト】萩原健太郎『暮らしの民藝 選び方・愉しみ方』

ご存知の通り、「民芸」とは民衆的工芸の略。思想家・柳宗悦が、庶民の日用品のなかに美を見出して1925年に命名したとされる。茶道具や漆工芸といった高価な工芸品との対局にあり、また機械によって作られた量産品とも異なる素朴な美を再発見した日本独自の運動でもある。 東京国立近代美術館で「柳宗悦没後60年記念展 民藝の100年」が開催されているとあって、関連書籍の出版が相次いでいる。本書は、民芸を生活に取り入れて暮らしている14組の人たちに取材し、写真とインタビューで民芸がどんな風に

【美術ブックリスト】ピエール バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』

『月刊美術』での新刊紹介の材料として、事前に読後の感想をnoteに記しておくようになっておよそ半年。本を紹介することの意味を考えたとき、著述家・松岡正剛が長年に渡って連載している「千夜千冊」を思い出した。松岡による古今東西の書物についてのエッセイであり、読書感想文であり、書籍紹介である。哲学、宗教、文学、芸術などありとあらゆる分野のしかも名著と呼ばれる本が紹介されていて驚く。私も数編読んだことがあるが、読んでみて一番感じたのは、なかなか怪しいというものだった。そもそもまともに

【美術ブックリスト】戸田裕介編著『ぺらぺらの彫刻』

まえがきでは、彫刻の実制作者と彫刻研究家が彫刻についての課題研究を目的に集まり、それぞれが論考を執筆したこと、そうしてできた本書が目指すのは彫刻への理解を深めることであると宣言される。 第1章「人体像の表面の向こうになにをみるか」は美術史家・田中修二氏が、ローマにあるパロック時代の彫刻や朝倉文夫、朝倉響子、最後にリカちゃん人形の例を出し、触覚の観点から彫刻の「表面」を論じる。どうやら近代的な彫刻観では彫刻表現の内面性が重視されてきたが、内面ではなく表面に着目する可能性につい

【美術ブックリスト】大槻香奈『日本現代うつわ論1』

少女をモチーフに描き続ける画家・大槻香奈が、「空虚」をテーマに友人・知人の画家、写真家人形作家と交わしたインタビューや論考を集めたのが本書。 大槻が感じてきた日本の「中心のなさ、主体性のなさ、空虚さ」を、これまで空・殻といった言葉で言い表してきたが、それが多様なかたちの中空構造という積極的な意味をもつ「うつわ」として捉えなおしたいということのよう。大槻によればボーカロイド、バーチャルユーチューバー、VTuber、量産されるアニメキャラクター、大人数のアイドルグループなどが「