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「普通」って何さ|『コンビニ人間』/村田紗耶香

「普通」と思われるのと「変わってる」と思われるのと、どちらが嬉しいか。

私は基本的に「変わってるね」と言われるタイプの人間だ。別に狙っていないので、本当にある程度変わっているのかもしれない。
しかし、面と向かって「変わってるね」と言えるぐらいの人間でもあるので、性格が破綻していたりはしていないと思うし、逆に言えば特別な存在になれるほどの変わり方でもない。周囲にいるちょっと変な人、ぐらいの雰囲気。

学生の頃、特に義務教育のときは、「変わってるね」と言われてもそんなに悪い気はしなかった。変わっているほうが何者かになれるような気がしたから。
しかし、前述したとおり特別な存在になれるような変わり方ではなかったため、結局は何物にもなれずサラリーマンとなり、妻一人子一人の平々凡々な夫・父親に落ち着いた。

そして最近、「変わってる」と思われたくない自分がいることに気付いた。
何物にもなれなかったので、変わってる必要は特段ないのだ。さらに、子供の存在が大きい。
あの子のお父さんって変わってるよね、って思われるのキツくないか?

私の息子は世界で一番かわいい。これはもう本当に。マジで。
そんなラブリーでキュートなベイビーが私のせいで悪評を得るのは一切御免こうむりたいのである。
自分が勝手に変わってると思われるより完全に精神的ダメージが大きい。
そして得がない。私は今、自分の持てる愛想をほぼ全て保育園の先生に向けて使っている。取引先の100倍は愛想良く喋っている。
いいお父さんであることで、息子の保育園での様子を事細かに聞くことができる。聞けば聞くほどかわいい。それはもうむっちゃかわいい。
「今日は蝶々を追いかけてましたよ~」って、その蝶々、羨ましい。私だって息子と追いかけっこしたいのに。

なぜ、最近改めて「変わってる」と思われたくない自分がいることに気付いたのか。それは、村田紗耶香の『コンビニ人間』を読んだからである。話題が急カーブすぎて申し訳ない。付いてきてる人いる?
この小説では「普通」になれない人が二人出てくる。そしてその二人が小説の軸だ。

一人は主人公である古倉。36歳女性。高校卒業以来18年間一つのコンビニでずっとアルバイトをしている。独身処女。彼女には「普通」が分からない。どうして皆は唐揚げが好きなのに、道端に死んでいる鳥を見て美味しそうと思わないんだろう?
どうして暴れている人を止めるとき、その人の頭をスコップで殴っちゃいけないんだろう?
どうしてずっと結婚もせずにコンビニバイトだと皆は心配するんだろう?
彼女には分からないので、周囲の「普通」の人の言動を盗み見て、時には人のカバンの持ち物さえも漁って(彼女には人のカバンを漁ることがどうしてよくないのか分からない)、「普通」の人間を演じている。が、「普通」ではないこと周囲にはバレていて、距離を置かれている。家族にも心配されている。
そんな彼女にとって、商品がすべてパッケージ化されており、行動がすべてマニュアル化されているコンビニバイトはこの世で唯一出来る仕事

もう一人は、新人バイトの白羽。35歳男性。大学中退のフリーター(ほぼニート)。素人童貞。彼は「普通」になりたさを拗らせ、「普通」の人たちを見下したい。
周囲になじめず、まともに就職もできず、女にも全くモテない。
新人バイトであるのにコンビニ店長を「社会の底辺」と見下し、真面目に仕事をせず(というか出来ず)、奇麗なコンビニ客をストーカーする。そして弟夫婦に返せる目途のない借金がある。
正真正銘のクズなのだが、それも周囲の人間に軽んじられ続けた結果である。
彼は、ネットで起業して一発当て、人生を好転させたい。

二人が協力して「普通」になろうとすることから物語は動き出す。
どうなれば「普通」なのか。「普通」に振舞うのにコンビニのマニュアル以上に信じられるものはあるのか?

この小説は結構ヒリヒリする。
「普通」になれない二人に周囲から向けられる好奇心と追害。そしてたまに本気の心配。
後ろ指を指す側と刺される側の対比が痛いほど書かれている。
そして、これにヒリヒリするのは、いつ自分が後ろ指刺される側に回るか分からないからである。

だって、回転寿司屋の醤油舐めただけで、6,700万円請求される世の中だよ?
まあそりゃ、絶対やっちゃダメだけど。めっちゃ怒られるべきだけど。

しかし、「回転寿司屋の醤油舐めただけで、6,700万円賠償請求される世界になる」と平成の時代に言い出したら、言い出した方が狂人だ。
あの件は、醤油を舐めたこと以上に動画をネットに上げたことの方が騒動を大きくした。
白羽には見えていないようだが、時代によって「普通」は変わる。インターネットが作り出した相互監視のネオ村社会は排除圧力が強いのだ。
現代は人が「異常」に映りやすいうえに、「異常」な人物に厳しくなっている。それがまたこの小説をヒリつかせる原因の一つになっている。

とはいえ一方で、「普通」でなくなることを怖がりつつ、昔ほどの絶望感を覚えていない自分もいる。
何故か。結婚したからである。

ある程度「普通」ではなくなっても味方でいてくれるであろう人間の存在は心強い。ホームスイートホーム、帰れる場所がある人間は強い。
まあ、6,700万円の賠償請求された日には離縁されるかもしれないけど。
「普通」でないことを嗤うのは他人だが、そこから守ってくれるのは心の繋がった他人である。

この小説の主人公、古倉も最後は帰れる場所を見つける。
それがどこなのかは読んで確認してほしい。

さて、ここまで書いたら小腹が空いてきた。
コンビニでも行くか。


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