<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第一章/出会い‐ 第4話
あるところに -4
つぎの日の朝――、
シンは手のなかに冷たいものをかんじて目を覚ましました。
横をみると、お祖父さんは、シンの手を両手につつみこむように握りしめて……しずかに息をひきとっておりました。
そのつぎの日、
シンは葬儀にきてくれた親方に今後のことをたずねられました。
親方は、
「またもどってきて、俺といっしょにやらないか」
と言ってくれましたが、シンは、兄弟子たちの嫌がらせを言いだすことができず、
「ぼくは、家具職人として独立したいんです!」
と、こころのうちを伝えました。
親方は、
シンのことばを確かめるようにしばらくみつめていましたが、
「……わかった。
だがいいか、うまくゆかなくなったらかならず俺のところへ戻ってくるんだ。
――いいな、シン!」
と、その太い腕のなかに抱きしめて、なんども背中をたたきながら泪を流してくれました。
こうしてシンは、お祖父さんの家を手放して生まれた家にもどり、きもちも新たに、人生の再スタートを切ることにしました。
そんな、新しい門出をおもいえがきながら埃にまみれた家の整理にはげんでいたある日のことでした。
見知らぬご婦人がたずねてくると、
突然――、不機嫌そうに口を曲げて、
「棚を外していたら、いきなりころがり落ちてきたのよ!
……何なのよッ、これ。ああー、きもち悪ッ!」
と、いきなり手に持った紙包みを投げるように手渡して帰ってしまいました。
シンの手に渡されたものはずっしりと重く、幾重にも包まれた紙をひらいてゆくと、
中からは、薄汚れた平たくて丸い金属の塊があらわれました。
金属の表には彫りものがほどこされ、裏はつるつるの面になっていて、
彫られたものをよくみると、そこには……、尻尾をからませて丸く円を描いてむきあう、二匹の蛇のような獣が浮き上がり、円のまん中あたりには人のような姿もうかがえました。
シンはやっと事情が呑みこめました。
どうやらご婦人は、お祖父さんの家を買ってくれた人のようで、
うすよごれた丸い金属とは、
シンがお祖父さんの家にやってきたころによく聞かされた、ご先祖さまにまつわる品物のようでした。
お祖父さんのはなしでは、
シンのご先祖さまは、代々、土地の神様を祀る神社の宮司を務めていたということで、
お祖父さんの何代かまえのご先祖さまが、土地につづく禍をとりはらう祈祷をおこなっているさいちゅう、とつぜん発作におそわれて亡くなってしまい、
その後、代々つづいた男子のあとつぎが途絶え、村の禍もいっこうに治まらないことから、
「こんな御利益のない神社など、祀ってはいられぬ!」
と、氏子がはなれてしまい、
やがて見棄てられ荒れはてた社はとりこわされて、そのあとにこの家が建てられた。
……ということでした。
薄汚れた丸い金属とは、
古のむかしより社に祀られた、
代々に受け継がれし『神器の鏡』でした。
しかし、そうとは知らぬシンは、はじめて手にするその丸い金属に、おかあさんのおもかげを思いだすときにやってくる、
……あの、遠い、とおい、過去のできごととも、未来のできごととも、
夢とも現とも、味とも色とも音とも温もりともつかない、
からだぜんたいで嗅ぐ、なんともたとえようのない懐かしいにおいを嗅いでおりました。
古物屋に持っていってたずねてみると、
「たいそう珍しい銅鏡なので、ぜひ、譲ってほしい」
と乞われましたが、シンはそれをことわり、家にもちかえって磨き粉でみがいて、浮きでた錆をとり除いてみました。
すると、銅鏡はピカピカに光りだし、たちまちシンのお気にいりになりました。
シンは、
暇な時間をみつけてはつるつるにみがかれた鏡面に自分の顔をうつしてみました。
が……、映る顔はいつも醜くゆがみ、見るたびにちがう人間がはなしかけてくるようで気色もわるく、十日もすると見るのをあきらめて、店の玄関さきに飾ることにしました。
すると銅鏡は、思ったよりもよいあんばいに門柱の上に納まり、趣のある光を放ちだしました。
その日からというもの、銅鏡磨きがシンの日課になり、いつしか映る顔には、お祖父さんのおもかげが重なるようになりました。
新しくはじめた店でも食べてゆくのがやっとでした。
がそれでも、シンは、どんなに些細な注文がきても、訪れる人のよろこぶ顔をおもいえがきながら、だいじに丁寧に、ひとつひとつの仕事を仕上げてゆきました。
こうして、時は二年三年とながれ、注文もふえて家具屋の仕事にもだいぶなれてくると、シンは、からだのそこから湧き起こる、ウズウズうずうずとする力を感じはじめておりました。
そうなると、父親や親方のもとで身につけた大工仕事がしきりにおもい起こされて、
「ああー、もっともっと、
おもいきり身体のつかえる仕事がしたい!」
と、日ましに思いはつのり、
「そうだ! 町に出よう。
町にでて大工の仕事をさがそう!」
と、思いたった次の日には店をたたみ、町に出て、建築現場をたずねあるいておりました。
そのころ町には、世の好景気の波がおしよせて、建築現場は人手不足で仕事に追われ、とくに腕利きの職人は各現場の奪いあいになっておりました。
シンのはじめた仕事はというと、父親や親方から学び身につけた仕事とはだいぶちがい、単純な作業でしたが、しかし賃金はおどろくほどに高額でした。
シンは、わずかのあいだに仕事の勘をとりもどし、その腕前はすぐに上司にみとめられたちまち現場の親方にのしあがり、高給取りになりました。
そこでシンは、誘われるままに酒をおぼえました。
さいしょのうちはすぐに酔い潰れていたシンでしたが、
仕事がおわり、仲間とともに夜な夜な街へくりだすと、
まわりに女性を侍らせ、
美味しいものを食べ、
さまざまな酒を呷りながらの自分の腕の自慢ばなしや、気にくわぬ仲間や仕事の愚痴をこぼしながらのどうでもいいはなしに花をさかせているうちに、
こころは……いつしか本来のいばしょを離れて、沖へ沖へと流されておりました。
こうして、以前には考えられなかったような生活がシンのもとにおとずれました。
町は好景気に沸き、どの店も客で賑わい、そこではさまざまな賭け事もおこなわれました。
シンは生まれてはじめて賭け事に手をだすと、その危険な匂いにつつまれたえもいわれぬ味わいが、
――日頃の、
味わっても味わっても満たされないでいた、いっときの享楽の後にやってくる虚しさを捕まえて、
シンの心をたちまち誘惑の深みへと引き摺り込んでゆきました。
そして一度大きく勝って、
「シン。おまえには賭け事の才があるぞ!」
と仲間に持ちあげられると、
その後負けがつづいても、
頭で考えることとは裏腹に、
こころはますます深みに嵌まってゆくばかりで、
気づいたときにはもう、
そこから抜けだせなくなっておりました。
『こんな生活つづけていたら、
オレはほんとうに駄目な人間になってしまうぞ!』
いちどおぼえた甘い誘惑に、抵抗できなくなってゆく不甲斐ないじぶんに、
あの日――、
『おとうさんのような本物の大工になろう!』
とこころに誓ったおもいは――、
見栄えだけをだいいちに、
高い賃金をもらって満足している今の自分とを見比べて、
はげしい鬩ぎ合いをくりかえしてゆくのでした。
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