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<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第一章/出会い‐ 第3話

あるところに -3


『あー、神様! どうか、シンをたすけてください!』

 祈りながら、お祖父さんはひっしに走りつづけました。

 そうして駆けこんだ病院には、ぐうぜんにも、腕利きで名のとおった医者が居合わせていて、
院長は、
シンの容態をみるなり協力をもとめました。

 訪ねていた医者は、すぐに治療にとりかかり、まるでシンのおとうさんのような手捌てさばきで、シンの手足をもとのかたちによみがえらせてゆきました。

 手術は翌朝未明にまでおよび、シンは奇跡的に命をとりとめました。

 手術をおえた医者は、

「完治しても、半身はうごかせないものとかんがえてください」

 と、お祖父さんに告げました。

 大手術がおわって二ヶ月がたって、シンはお祖父さんの家へうつされ、それから三ヶ月あまりがすぎました。

 シンは医者が言うように、右側半身がうごかせない状態でありましたが、それでもなんとか、身の回りのだいたいは自分でできるようになっておりました。

 お祖父さんは、八十歳をすぎたからだではありましたが、
行く先みじかい自分のことよりも、シンの将来をなんとかしてあげたい。
――と、一日もやすまずに介護をつづけてくれました。

「おじいちゃん……ごめんね」

 そんなシンのなみだをしわだらけのゆびでぬぐいながら、お祖父さんは、しゃがれた声で言いました。

「シン。じいちゃんはな、おまえのめんどうがみれてうれしいんじゃ。
 シン、わしはな、おまえの父さんがまだちいさかったころ、やさしいことばの一つもかけてやれずに育ててしもうたんじゃ。

 それは、歳をとって生まれたあいつが甘えん坊にならんようにと思うてやってきたことじゃったが、しかしあいつは、そのねがいいじょうにりっぱな大工になってくれた。
 シン……、おまえの面倒をみてくれているあの親方はのー、おまえの父さんのことをたいへんに尊敬しておってな。

 むかし親方は、おまえの父さんの仕事ぶりに惚れて、自分のところへ来てはくれないかと熱心に誘ったそうなんじゃ。
 しかしおまえの父さんは、自分は納得のいく仕事を追求したいから、と、親方の誘いをことわりつづけたんじゃと。

 親方も若いころは、おまえの父さんのように、思うままの仕事にあこがれたそうなんじゃが、しかし親方は、こどもの時分じぶんに大病を患いからだがよわかったうえに、代々つづいた家も守らねばならず、腕を研くほかにもやらねばならない仕事がおおすぎたんじゃ。

 そんなこんなの事情にかさねて子どもにも恵まれなかった親方は、さいしょにおまえを見たときに、

『本物の大工にそだてたい!』
と、自分の夢も託しておまえを引きとってくれたんじゃ」

 シンは、
そのときはじめてそのことを知りました。

「じゃからシン。おまえがこうして儂といっしょに暮らすようになったのも、神様のめぐりあわせ……、というもんじゃ」

 シンはお祖父さんのはなしを聞きながら、そんなお祖父さんと、そして天国で見守ってくれているであろうおとうさんやおかあさん、それに、親方のためにも、
『じぶんはもういちどげんきになって、おとうさんのような本物の大工になろう!』
と、思いを新たにしました。

 それから、お祖父さんとの二人三脚の、本格的なリハビリがはじまりました。

 リハビリは、医者から聞いてかんがえられたお祖父さんの計画にそってすすめられてゆきました。
 が、はじめのうち順序立ててすすめられていた計画も、すすむにつれ、新たなメニューがつぎつぎとふやされ、シンの眉間にきざむ皺を日に日にふかめながら、一日も休まずにつづけられてゆきました。

 そして、訓練も半年をすぎようとしていたある日のこと、

 その日、リハビリのあいまに横になって考えごとをしていたシンでしたが、
なにかの拍子に床におとしたコップの音におどろいて顔を上げると……、
 今まさに、
床の上にころがったコップが、
動くはずのない右足の甲にあらわれたとつぜんの痺れと……、みごとにつながりあう事実を発見しました。

 シンは急いで寝台の手すりにもたれ、左足のつまさきをうんと伸ばして、痺れのあらわれた右足の甲のあたりを摩ってみました。

 すると、

 痺れのなかからもちあがるなんともふしぎな塊があって……、

 シンは思わず、

「神様が、ぼくの足にさわってくださったんだ!」とさけんでおりました。

 痺れはその日をさかいに右側半身ぜんたいへとひろがりはじめて、
しだいにつながってゆく手足や指の感覚は、こころの琴線きんせんをふるわせました。

 しかし、
動きはじめた半身は……、
きもちばかりが先走りして、思うようにならず、
苛立ちばかりがお祖父さんのほうへとぶつかってしまうのでした。


                 *


 やがて事故から五年がすぎ、
シンは二十三歳になりました。

 そのころになると、
不自由だった右側半身もだいぶ動くようになり、からだの状態にあわせた家具づくりをはじめると、
はなしをききつけた近所の人たちがあつまりはじめて、
椅子やテーブルといったひかくてき大きな注文までもらえるようになりました。

 シンの生活はギリギリでした。
が、しかしそれでも、
「わずかだけど、取っといて」

 と言って手渡される手間賃を糧に、
元気になってゆくからだと、
近所の人たちのよろこぶ笑顔にささえられながら、
シンは、からだの不自由など思いだすいとまもないほど、夢中になって働きつづけました。

 しかしシンが元気になってゆくいっぽう、
お祖父さんのからだは年々よわくなり、
寝込むこともふえて、
とうとう寝込んだまま起きあがれなくなってしばらくがたったある晩のこと――、

 シンはいつものように、その日の仕事をすませると、お祖父さんの横にきて布団を延べてその上にころびました。

 お祖父さんは、シンのおおきな欠伸あくびのすむのをまって、シンのほうに顔をむけると、細い、しかししっかりとしたことばでこうはなしはじめました。

「シン、儂はもうながくない。
 おまえとはなしができるのも、これがさいごになるかもしれないから、これを、じいちゃんがはなす最期のことばだとおもって忘れずにおぼえておいて、
おまえが困ったときや、
どうにもならないことにぶつかったときに、
思い出しておくれ」

 そう言ってお祖父さんは、
シーツの上を、
骨と皮だけになった右うでをすべらせながら……シンのほほにふれ、
からだの向きをかえてもう片方のほほにふれて、
首から肩へ、そして腕にそってなでおろしながら……シンのてのひらをにぎりしめて、

「シン、にんげんとはじつに弱い生きものだ。
 たとえ、どんなに自信にあふれていても、気づかぬ小石につまずくし、
どんなに立派な考えのように思えていても、
たかだかそれは、大海の滴にすぎないことなんじゃ。
 じゃからシン。
 けっして、自分に慢心まんしんしてはならないよ。

 そして、自分の身におこるすべてのことにかんしゃの気持ちをもちなさい。

 それはみんな、神様が、おまえのために用意してくださることなのだから。

 シン――、
神様がはこんでくださるものにはのー、
人の知恵ではおよびもつかない、ふかい、ふかい、めぐみが隠されているんじゃ。
 じゃからシン、おまえの人生のこれからさき、どんなにつらい出来事がやってこようとも、
それは神様が、おまえのために用意してくださる贈り物だと思いなさい。

 いや……そう信じなさい!
 
 シン。

 人生とはみじかいものだ。
 いま言った、儂のことばを忘れぬように、

 そして自分を信じることに迷いなく生きてゆきなさい。

 そうすれば神様は、
おまえの望む以上のものをかならず与えてくださるから」

 シンは、
お祖父さんのあたたかなことばのひびきにつつまれながら、
いつしか眠りのなかへおちておりました。

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