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<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第二章/ふたつの葛藤‐ 第31話

七人の友 -1

 夜明けまえの廃墟の町を急ぎ足で通りすぎ、
サムは、かつてこの国に潜入する際に利用したにれの木の場所へと急ぎました。

 楡の並木はすぐにみつかり、大きくなったその枝は、地上をこするほどに成長しておりました。

 楡の木の幹の部分は掴めそうな部分が切り落とされていたので、
サムは、月明かりをたよりに、垂れ下がった枝を両手で掴むと、
膝のあたりまで押しさげて、
両足に踏んで……、
左右の枝を支えに顔を起こして、
塀のむこうの闇に沈んだ明日をみつめて、
一歩踏みだしました。

 そして、十五年まえのあの日を思い返しながら、
『あのときは、ずいぶんとからだも軽く、勢いまかせに一気に登りあがったものだが、』
と、揺れる枝にからだ預け、足に踏んだ、あるようなないような枝の微妙な感触をのがさぬように、いっぽ、いっぽと、重心を移動させてゆきました。

 しかし、踏みだす足の運びの危うさに、おもわず腰をかがめて枝をまたにはさむと、腹ばいになり、尺取り虫が進むように、ゆっくりとゆっくりと登り上がってゆきました。

 こうして、幹の部分までやって来たサムは、枝分かれした部分に立つと、手を伸ばせば指のさきにふれそうな隣の幹を見つめ、一瞬、そこへ飛び移る自分をおもい浮かべて、
――やめました。

『……やはり、無茶はよそう』
サムは、遠まわりしてでも安全なルートをすすもうと思いました。

 こうして一枝一枝と、来たときとはまるでちがう用心深さで塀の上までのぼりあがり、月明かりに浮かぶ摩天楼の硬いシルエットの方角にからだをむけると、
その前面に広がる……あおく沈む影に向かって、
両手を合わせて、
ふかくふかくこうべを垂れました。
 
 そして、向かうべき方角にからだをもどすと、楡の葉の向こうに、
 白白しろじろあやしくひかる砂の大地が、闇の彼方に沈み込むよう、どこまでもどこまでも連なっているのが見えました。

 サムは、あの日、
『ただの独りの男になろう』
 とこころに決して名前を刻んだ岩を捜そうと、月明かりの中に目を凝らしました。

 すると岩は、砂に埋もれてやっと頭をのぞかせていただけでしたが、
それが一瞬、光を放ったように目のなかに飛びこんできました。

 サムは、目の前の太い枝を跨いで腹ばいになると、足の裏に枝をはさんでゆっくゆっくりと登り上がり、垂れ下がった部分にきて身体の向きを変えて、ゆっくりとゆっくりとずり下ってゆきました。

 ところが、枝分かれした部分に足をかけたサムは、なにを考えたか、足の下の身の丈の高さを――、
「はッ!」と、
掛け声一番飛び下りて、
一瞬思いおこした足をかばって、尻餅で落ちました。

「ふうー、」
サムは大きく息を吐きだし、尻の下に敷いた砂をすくって頭を下げました。

 サムは立ちあがり、岩のそばにきて袋の中から小さなスコップをとりだすと、岩のたもとにひざまずき、からだごと大きく振りかぶり、砂の大地をめがけて打ち下ろしはじめました。

 掘りすすめ、やがて出てきた小石を除けてさらにすすむと、
そこに懐かしい衣装と装具があらわれました。

 手にとり砂をはらった衣装はいたんでおりましたが、
月明かりをうけて輝く金糸銀糸の装飾模様には、一国の王にふさわしい、気品と威厳が保たれておりました。
 
 サムは、服の下に手放すことのできない装具のみを身に着けると、
懐の中からルイのペンダントをとりだして――、

『おそらく父親は、娘の、その存在すら知らないのではあるまいか。

……いや、もし知っていたとしても、
その存在がかくされていたのだから、
やはり……、
娘の死は知らせるべきではあるまい。』
と考え、
衣装にくるみなおして、さまざまな思い出とともに、
……砂の中にもどしました。

 そして顔をあげると、

『わたしは、
王となるための、新たな試練を受けよう!』
 サムは、砂漠の彼方をみつめ、その一歩を、砂の大地に踏みだしました。

 しかし陽が昇りはじめると、身体の水分は、焼けつく砂と陽射しにたちまち奪いとられて、陽がかたむくころには、腰に下げた容器の水は残り少なくなっておりました。

 サムは、かつて砂漠のなかを歩いていたそのときに、水売りからもらった地図を思いだそうと試みました。

……が、まわりの景色は、

「帰り道に地図をつかえば、目指す方角を見失い、魔法のランプの中に閉じこめられてしまうでしょう」
と、あのとき水売りが言ったように、
とうとう、自分が歩いてきた方向も、見ている方角も、つけてきた足跡すらわからなくなってしまいました。

 と……不安のかげがサムを襲いはじめたそのとき、

「……まってー、待ってください。キング!」
男の声が、遠くのほうから聞こえました。

 ふり返ると、そこに、砂を蹴りあげながらやってくるコボルの仲間たちの姿があって、中にはロバのすがたも見えました。

 息せき切ってやってきた男たちは、

「お、おねがいです。いっしょにつれていってください!
 お供させてください!」
と、砂を蹴散らしながらサムの足もとに倒れこみました。

 しかし、サムは顔をしかめて、

「いいえ、それはなりません。あなた方をまきぞえにすることはできません!」
と、きっぱりとした口調で断りました。

 男たちは顔を上げると、
後生ごしょうですから、いっしょにつれていってください!」
と頭を砂にこすりつけて訴えました。

 しかしサムは、
「これは、わたしの問題に決着をつける旅なのです。
あなた方は町へもどって、あなた方の暮らしを守ってください」
ゆずりませんでした。

 すると、

「キング!
 町には大勢の仲間がいます。
しかしあんたは独りだ。
まさかこの砂漠を、ひとりで越えて行こうっていうんですかい?

 そんなことはさせられません。見てください――、ここに水があります!」
と、指さす先に、大きな水袋をいくつもぶら下げたロバが、
サムを見つめて立っておりました。

「きっとオレたちは役にたちます。
 キングが旅の目的を果たすまで、きっとオレたちの手で守ってみせますから、
だからおねがいです。
 オレたちを見捨てないでください!」

男は、サムの足にしがみつきました。

 サムは、男がそこまで言うのにはなにか理由わけがあるのかもしれないとも思いましたが、

「あなた方の気持ちはわかりました。
 しかし、砂漠のはるか彼方、わたしの国にたどり着くまえに、この老いさらばえたからだが絶えてしまえば、
あなた方のすすむ道もそこでとざされ、
むだ死にになってしまうのですよ。

 あなた方に家族はないのですか?
むだ死にになって哀しむ人を、のこしてきたのではありませんか?」

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