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<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第二章/ふたつの葛藤‐ 第33話

七人の友 -3

「キング。運よく、水売りをみつけたとしても、どうやって、水や食料を、手に入れるんです?
 オレたちは、なけなしの……、コボルなんですよ!」
と言ったのは、ボロヤン・ダンこと通称ダンという計算ごとに長けた若い男でした。

「そ、そう……ですよ。
 オレたちが、なけなしだと知れたところで、盗賊とまちがわれてバン! それで、おしまいです」
と言ったのは、
ムルセル・テンセンこと、通称ムルセンという、読書がなにより大好きな男でした。

 サムはそんな男たちの不安を余所よそに、口もとをさらにゆがめて、

「……これがあります」

 そう言って、
ふところふかくに手を入れ、袋をとりだして、
中のものを男たちの目の前にぶら下げてみせました。

 男たちは、その見たこともない、振り子のように揺れながら回転するかがやく物に顔を近づけて、
恐る恐る……手を伸ばし、
指のさきにふれて、
喉仏のどぼとけを上下に大きく動かしました。

 サムは、ヨーマの手をとって、
てのひらの上にそれを載せました。

 それは二十数年まえ、
息子のハン王子が誕生日の祝いにとプレゼントしてくれた、純金製の懐中時計で、
ハンがその国をはじめておとずれた際に、
節約した旅費と小遣いをはたいて買ってくれた、
世界中の王室御用達ごようたしの宝石商のめいの刻まれた、
手細工のほどこされた逸品いっぴんでした。

 男たちは、
純金の放つその格調高いかがやきと、
そこにほどこされたキラキラときらめく宝石や細工のみごとさに、
ひらいた口を閉じることができませんでした。

 そのとき、光るものにも造詣ぞうけいの深かった読書家のムルセンが、

「なんとすばらしい!
 いったいなぜ? 
こんなものを、……どうして?」
と、目を丸くしました。

 その声に、ヨブは、太ったからだをバネじかけのように跳ね起こすと、
「イえーッ!」と、
悲鳴のような声を上げながら大きな尻でにじり寄ってきて、
サムの上着のすそに隠れていた腰のものをつかんで、

「キ、キング。
コレッ!、
――これも、お宝なんでしょおおっー‼」
と叫びました。

 ヨブは、サムが休むときに人目を忍びながら外していた、腰に巻かれていたものの正体が、
気になって気になって仕方がありませんでした。

 それは、王家の紋章にダイヤモンドのちりばめられた名匠めいしょうの手による白金プラチナ製のベルトで、
初代からうけつがれた王位の印であり、サムの一存ではどうにもならない、一族の歴史の刻まれたものでした。

 ひとつは一人息子との思い出の品であり、
ひとつは手放すことの許されない品物で、
そしてそれらの事情は、自分の国に無事にたどり着いたときに正直にはなそう……と思っていたことでした。

「ハハハハハ、どうです、みごとなつくりものでしょう。
 これほどの装飾品は、世界広しといえども、限られた者しか取り扱うことのできない希有けうな逸品なのです。
 しかしこれは……、
よくできた偽物にせもので、
玄人くろうとにも見分けのつかない、腕の立つ職人が拵えた、本物の作り物です。
 わたしは国で、こういった品物をとりあつかっていたのです」

 それをきいた、色黒のシゴロ・ヤルキーことヤルキーは、
サムの肩を突っつき、その手で鼻をこすりあげ、

「――キング・サム!
 あんたやるねー……えっ、まったく。

じつは、キング・詐欺さぎ?!」

と、両手で口を押さえ、
目を丸くしてしばたたかせるので、
男たちもいっせいに噴き出しました。

 男たちの、かたくなだったこころの中にほころびが入り、その隙間から、希望の光が射し込んできたかのようでした。

「さー、とにかくきょうはここに休んで、あしたの夜明けまえにはしゅっぱつです!」

 男たちは、たがいの顔を見合わせると、
――拳を握りしめて、

「おおーっ!」と、天にむかって人差しゆびを突き立てました。

 その夜、男たちは……、
サムのはなす国のようすや、孫とのおもいでばなしに耳をかたむけながら、
のどの渇きもどこかへ、
それぞれの景色を夢にえがいて眠りにつきました。

 つぎの日の朝方未明――、
サムは、目覚めとともに夜空を仰ぎました。

 すると、いつか夢に見た……、あの無数の星々が、
取り巻く空間を埋めつくしてまたたいておりました。

 サムは、ひょっとしてじぶんはまだ……、病室の中にいて、夢のなかをさまよっているのではないか?
……と、思いました。

 しかし、となりにはヨーマがいて、反対側にはシロが、その向こうにはヨブがいて、そのとなりにも……と、
星明かりにてらされた七人の男たちが、身動きひとつせずに、
まるで死人のようになって眠り込んでおりました。

 サムは叫びました――。

「みんな! おきてください。
――おきるんです!」

 その大声に、男たちはふかい眠りの中から急いでもどってこなければなりませんでした。

 めざめたとき、男たちの意識とからだはまだばらばらで、疲れは限界に達し、
鉛のように重たいからだはまったく自分のもののようではありませんでした。

「見てください、

――そらを!」

 男たちは、そのことばの先にあるものに意識の焦点をあわせようと、
瞼をこすり、
まなこの扉をこじあけました。

 そして意識の焦点が星空をとらえた瞬間!――、
 男たちはいっせいに声をそろえました。

「ウオォーッ!!」

 それは、みたこともない大きさの無数の流星群でした。

「な、なんなんだ!」

「うワアアー……!」

 星々は、男たちを目がけてふりそそぐと、
疲れた部分をすくいとり、
そこに新たな力を注ぎ込んで、
また星々の世界へと還ってゆきました。

「おー、なんだ! からだがかるくなってゆくぞ!」

「つかれが、……すいとられてゆく~っ、」

「ああぁぁ、なんて、きもちいいんだ――」

 星々は、男たちのいたみのすべてを癒やし、宇宙の彼方へと持ち去りました。

 サムはそのとき、
『天と男たちのあいだにことば・・・が交わされたのだ!』
と思いました。

――星々は紛れもなく、
わたしたちを見守ってくれているのだ!

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