<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第一章/出会い‐ 第9話
侵入者 -2
王子の怯みなくかたるそのことばのあいだ、王様の握りしめた拳は、ぶるぶるぶるぶると震えておりました。
しかし、王子はさらに半歩近づき、語調を押さえてつぎのことばを継ぎました。
「――ごあんしんください、お父さま。
わたしはかならずやこの開発を成功させて、人びとの生活も資源も侵害することのない、
たがいの豊かさの実現できる〝マギラ〟をつくりあげて、
世界平和の模範になる!
と、かならずお約束いたします。
ですからどうか、
〝マギラ〟の開発推進を、わたくしが望むたったひとつのねがいとおきき届けくださり、
お父さま、
いえ、国王様!
――なにとぞ、
国民のまえにお示しください!」
このとき、サム王様の顔は豹変しておりました。
「おもいあがりも――、いいかげんにしろ!」
振りあげた右手の掌が、王子の左のほほをとらえて炸裂しました。
しかしこの顛末が、〝マギラ〟の発信する信号に載って他国の人びとのもとへと拡散されてゆきました。
こうして、何者かによってばらまかれた映像が世界中にひろまり、ハン王子への同情をあつめて国の中へともどり、国民の共感をさそって反感をあおりました。
町なかでは、
「サム王様の考えは古すぎる!
このままでは国が立ち行かなくなるぞ!」
「そうだそうだ!
王の座は、一刻もはやく、ハン王子さまにゆずるべきだ!」
「あたらしい時代を生きぬいてゆくには、
王子のような柔軟な考えと、
そして〝マギラ〟が、
ぜったいに必要なのだ!」
と、このような声になって広まりながら、まもなく城の中にまでとどいてまいりました。
『今ここで騒ぎを鎮めなければ、やがて民衆は暴徒化し、手に負えぬえ事態をひきおこしかねない』
と判断したサム王様は、王子とその一派を、国から追放する計画を企てました。
その計画とは……、
ハン王子と一派を、
長期遠征と称し、一旦、国外へ出しておいて、
その間に、〝マギラ〟を悪に仕立てる法をつくりあげ、
国のなかから排除してしまい、
その後、ハン王子と一派をよびもどしたところで、王たる者の絶対的力を示せば、
事態は容易に収拾できる。
……というものでした。
サム王様は、信頼のおける重臣をひそかあつめると、先の事情をはなして、
〝マギラ〟推進計画に盲進するハン王子と一派の、国外追放計画を告げました。
このはなしあいの内容は、王子と王子をとりまく一派には悟られぬよう、極秘のうちにすすめなければなりませんでした。
がしかし、王様のことばは、
秘密の会合に加わった複数の重臣によって、王子の第一側近にとどけられ、
ちがうことばに置き換えられて、王子のもとへ届けられました。
その第一側近によってすりかえられたことばを聴いた瞬間、
ハン王子はその場にひざをおり、
頭をかかえこんでおおきく唸りました。
それを見て第一側近は、
うろたえる王子にすりより、耳もとちかくに顔をよせて、
事態に、回避策のあることをほのめかしました。
ハン王子にしてみれば、にわかにはしんじられない父親のことばでしたが、
しかしそれを確認することは、かえって事態を悪化させる……、とかんがえ、
藁にもすがるおもいで、第一側近のかたる回避策に耳をかたむけてゆきました。
その後も第一側近は、
ハン王子のこころのなかにつぎつぎに涌きあがる泡のような不安にたいして、
あたかも、
こころの動揺をとりのぞくかにみせかけて、
ことばたくみにアドバイスを加え、
己の計画実行のその日にむけて、
着々と準備をすすめてゆきました。
……そして時は、
第一側近の思惑へとひきずりこまれるようにながれ、
ついにその日はやってきました。
それは……、サム王様が城の重臣のすべてをあつめて、
ハン王子とその一派に、長期遠征をつげる前日の、だれもが寝しずまった深夜におこりました。
その夜のこと、王様の寝室に孫のナジムが入ってきて、
「ねぇー、おじいちゃま。
なにかおはなしして。いつものしてよ、」
と、横になったばかりの王様の枕許にやってきておねだりしました。
ナジムは、寝る時間になって眠れなくなると、いそがしい父親にかわってお噺をしてくれるサム王様の枕元までやってきて、こうしておねだりするのでした。
「おー、おー、ナジムや。
よしよし。ここへおいで。
おまえのすきなおはなしのつづきをしてあげるから、さぁー、ここへおいで」
と、サム王様がかけものを持ちあげると、
ナジムはその中に勢いよくもぐり込み、
あおむけにチョコンと顔だけだして、
ニッと、口もとを吊り上げるのでした。
それを合図に、サム王様はナジムのおなかのうえに掌を置いて、ポーンポーンとかるくリズムをとりながら、旅のおはなしははじまりました。
お噺は、
サム王様も小さいころに親から聞いた、
『むかしむかし……あるところに、』
という語りだしではじまる、古よりつたわるものがたりでした。
しかし、サム王様は、それを自分流のお噺につくりかえてはなして聞かせました。
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