<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第一章/出会い‐ 第2話
あるところに -2
お祖父さんのはなしをきいた親方は、
「ヨモヤマさん。これはあんたがシンをつれてきたときから考えていたことなんじゃが、シンが一人前になるまで儂|《わし》にあずからせてもらえんか」
お祖父さんにしてみればそれは願ってもない申し入れでした。
お祖父さんと親方のはなしをきいていたシンは、
『じぶんを引きとってくれたお祖父さんや親方のためにも、これからは、つらいことも本気で耐えて、りっぱな仕事のできる大工になろう!』
と、こころもあらたに誓いを立てました。
こうしてシンは、大工の親方の家に住みこんではたらくことになりました。
シンは一日の仕事がおわると、
兄弟子たちのかえった仕事場にひとりのこり、父親のそろえてくれた大工道具をもちこみ、言いつけられた後片づけをしながら、
いらなくなった材料をかきあつめてはその日に見た親方や兄弟子たちの道具とからだのつかいかたを思いだし、
さらに必要なことはなにかと考え行いながら、自分の技に磨きをかけてゆきました。
こうして、おさないころに切り屑とあそんだ経験が、道具と材料のつかいかたを見つけるヒントになり、
シンは技術の習得もさることながら、
自分のなかから湧きあがる感性に幼いこころをときめかせてゆきました。
こうして時はすぎ、シンは十五の歳をむかえました。
その日シンは、自分の誕生日のことなどすっかりわすれて、兄弟子を手伝いながら手馴れた作業にはげんでおりました。
そこへ親方がやってきて、
「おい、シン。それはいいから、おまえはきょうから道具を持ちなさい」
親方の口からでたあまりにとつぜんなことばに、
「へ?」
とシンは、目を点に、ことばをつまらせました。
すると親方は、
「きょうまで、よく耐えたな」
そう言ってシンのあたまを撫でまわし、
二度三度とおおきく頷いて、
「これからは、おまえの身につけた努力に花を咲かせなさい!」
と、シンのからだに両手をまわして大きな胸に引きよせて、ギュッと抱きしめてくれました。
それが、毎日こっそりと、物陰から見守っていてくれたことばだと気づいたとき、
つらかった思いもできごとも、あふれだすなみだといっしょに流れさってしまいました。
その日からというもの、シンは父親のおしえで身につけた基礎のうえに、親方や兄弟子たちから盗み学んだ技術をかさねて、
さらには、実践での応用と経験とをつみあげながら、ついに、ひとつの現場をまかされるまでに成長してゆきました。
しかし、そんなシンの出世におもしろくないのは兄弟子たちでした。
兄弟子たちはたがいに申しあわせると、
ことあるごとにシンの仕事の邪魔をくりかえし、それは日に日にエスカレートしてゆきました。
その日、ひとりの兄弟子は、シンを手伝いながらその機会のおとずれをじっとうかがっておりました。
シンと兄弟子は、小山のように積みあげられた柱の中から、いちばん下にかくれた主柱をとりだすために、片ほうずつを持ちあげながら、シンのうしろの壁に立てかけておりました。
やがて目的の柱にたどりつくと、
兄弟子は、
休む姿勢で柱に手をおき腰をかがめて、ポケットの中にかくしておいた木っ端を握りしめて、シンに見えないようにとりだすと、
じぶんの足元にそっと置き……、一呼吸おいてシンに目配せすると、
兄弟子は、
かけ声とどうじに持ちあげた瞬間、
木っ端を、シンの足もとめがけて蹴りだしました。
木っ端はみごと、横へうごいたシンの足の下にすべりこみ、
シンの足が木っ端を踏んでひざが折れた瞬間、
兄弟子は、つまずくようにみせかけて、
持っていた柱をおもいきりシンのほうへ押しやりました。
たまらずシンはうしろへのけぞり、
宙を舞い、立てかけてあった柱めがけて頭からつっこみ、横方向にすべりました。
衝撃で、柱はつぎつぎと隣の柱にもたれるように倒れはじめ、
起き上がろうとするシンをめがけて一気に崩れおちました。
それは……、兄弟子の予想もしない惨事になりました。
*
気がつくと――、
目のまえにおかあさんがいて、
ほほえみながら両手を差し伸べてくれました。
シンはその手にふれようとちかづきますが、
おかあさんは、
シンがちかづくとすこしはなれ、
またちかづくとすこしはなれ、
追いかけても追いかけてもその手に触れることができませんでした。
シンの周りにはいつのまにか美しい花々が咲きみだれ、たとえようもなく懐かしいにおいが、辺りいちめんにたちこめておりました。
そのにおいにさそわれるように、
「お母さーん!」
とさけんでおかあさんの胸をめがけて踏みだしたそのとき、
「シン! シン!」
と、呼び止める声があり、
シンは踏み止まり、声のほうにふり返りました。
そこには、おとうさんが立っていて、
「シン!
おまえはまだそっちへ行っちゃだめだ!
すぐにもどれ!」
シンははっとなり、
と――、そこへまたべつの声がかさなり、
「シン、シン。目を覚ませ。シン!」
声にみちびかれるように暗がりのなかを浮かび上がってゆくと、眩しい光のなかからあらわれたのは……、お祖父さんの顔でした。
*
事故のあった当時、シンの呼吸は止まり、手足はあらぬかたちになっておりました。
駆けつけただれもシンを動かせないまま、兄弟子のひとりが医者へ、ひとりが親方にしらせに表に飛びだしました。
そのころお祖父さんは、孫の一人前になったすがたをたのしみに、親方の家を訪ね、
つい今しがた、親方の家を出てシンの仕事場へむかっているそこへ、
走ってきた兄弟子と鉢合わせになりました。
はなしをきいたお祖父さんはすぐさま現場へむかい、
着くなり、
床に横たわるシンの胸に耳を押しあてました。
お祖父さんは、まだかすかにうごく心臓の音を聴きながら、
『医者がくるのをまっていたら、シンはほんとうに死んでしまう!』
とこころに叫ぶと、
近くにあった荷車を引いてきて、まわりの者が止めるのもきかずに、
シンのからだを荷車によこたえ、
医者をめがけてかけだしました。
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