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<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第一章/出会い‐ 第5話

見知らぬ国の王様 -1

 不摂生ふせっせいがやめられず、疲れをためこんだ身体をもてあます、そんな毎日を送っていたある日のことでした。

 久しぶりに休みのとれたシンは、家にもどると、食事も早々に、つぎの日の朝寝坊にそなえてさっさと寝床に潜りこんでおりました。

 そして間もなくおとずれた、
……あの、おかあさんの面影とともにやってくる、たとえようもなくなつかしいにおいにつつまれながら、
在りし日のおとうさんのすがたや、亡くなるまえの晩お祖父さんがのこしてくれたことばを思い返しては、
今の自分をかえりみて、夢の中へといざなわれておりました。

 そのとき、

 ドンドンドンドン――、

 眠りを切り裂くはげしい音が鳴りわたり、
寝込みを襲われたシンは、
布団を蹴飛ばすと、暗がりにむかって大きな声を張りあげました。

「はいッ。どなたですか!」

 しかし、戸の外から返ってくる返事はありませんでした。

 シンは床に足をおろすと、両手で顔をこすり、まぶたをこじあけて、部屋の明かりを点けて冷たい作業場の床を足早にまたぎ、戸口に来て板張りの引き戸に耳をあてました。

……すると、戸の外から人の声とも動物の声ともつかないうめき声が聞こえ、どうじに、ドンッ、と戸を押す音がありました。

 シンは身を屈め、戸口に立てかけていた棒を片手に持ってそっと留め鍵をはずすと、
引き戸にかけた指先に力をこめて、ちょっとだけ外の様子をうかがおうかと戸を引いてみました。

 が、引き戸がいつもより重く、いくらも開かなかったので、
手にもった棒を横におき、腰をきめなおして、指先と腹に力をこめて、
「ほーッ!」
とばかりに戸を引きなおしました。

 すると戸は、何かをひきずりながらズルズルと開き……、そこに人の背中が現れました。
 シンはおもわず、
「おー」と飛びのき、
棒を掴みなおして身がまえました。

 すると背中は、ゆっくり仰むけに転びながら、ゆるゆると持ちあげられてゆく腕で門のほうを指さし、
すぐに腕は、
水のなかに沈むようにくずれ折れました。

 と、そのとき――、
さっきまで寝床にあったあの懐かしいにおいが外気といっしょにいっそう鮮やかなすがたになって入ってきて、
シンの身体をつつみこみ、
まるで……おかあさんの胸のなかに抱き締められたのかと思いました。

 ふしぎな感覚にみちびかれるように近づいてみると、そこには、身なりの見窄みすぼらしい老人が横たわっていて、シンは腰をかがめて、おそるおそる老人の顔をのぞきこみました。

 と――、あのとき見ることのできなかったおとうさんの顔がそこに重なり、

 シンは、老人の身体をだきおこすと、

「だめだ、ねっ、起きて! 目をあけて!」と、老人のからだをはげしく揺すりました。

 すると老人は、わずかに瞼ををひらき、震える指先でシンのほほにふれて、なにごとかをつぶやきました。

 その指先の感触が、
……まるで、亡くなるまえの晩お祖父さんが触れたそのときのような、いまにも散りそうなはなびらのようで、そのひびきは、こころの奥に仕舞っていた、おかあさんの声のようでした。

 シンは、『とにかく急いで部屋のなかに入れてあげなくちゃ!』と思い、からだの下に両手をまわすと、腰をすえて、ヨイショとばかりに抱え上げました。

 すると、抱えた老人はまるで幼児のように軽く、間近にみる服は泥とほこりにまみれてボロ雑巾のようでした。

 しかしよくみると、ボロボロの服には金糸銀糸の刺繍ししゅうの痕があり、それは、身分の高い人が身につける衣装のようにも見えました。

 が、それにしても、ボロボロの服はぎだらけで、そうとはわからぬほどにいたんでおりました。

 家の中に入り、中を見まわしててきとうな場所がなかったので、シンは、寝床まできて蒲団を蹴り上げると、爪先で毛布をつまみ上げて寝床にひろげて、その上に老人を横たえました。

 そして、毛布と蒲団を被せ終えると……、一つ大きな溜息をいて、
 
「あー、なんだってまた……どうするの? こんなやっかいなもの抱えこんじゃって!」
と、思慮を欠いたいつものお人好しにあたまをかかえこんでしまいました。

 しかし、老人はと見ると、その口もとに笑みを浮かべて、まもなく小さな寝息もはじまったので、

『まっ、あとのことは明日かんがえることにしよう、』ということにして、
さいごの毛布を床に敷いて、ありったけの服を身体にかけて目をとじました。

……しかし、老人のようすが気になって、
起き上がっては転び、起き上がっては転びをくりかえしながら、
やっと眠りにつけたのは夜明け前のことでした。

 翌朝、だいぶ陽が高くなって目を覚ましたシンは、包まっていた服を撥ねのけ跳びおきようとしましたが、硬い床と寒さに凝り固まった筋肉がいうことを効かず、
やっとかっとでつかんだ寝台のへりを引きよせて、そっと老人の顔をのぞきこみました。

 すると老人は、シンの心配などどこふく風、布団の上に両手を伸べて、ぱっちりと開いた両眼で天井の一点を見つめておりました。

「あー……、よかった。目が覚めましたね」

 とかけたことばに、老人はなんともうつくしい笑顔で微笑み返しました。

「ありが、とう……。ごめんな、さい」
 老人は、たどたどしいことばで言いました。

 シンは顔を近づけて、
「いいえ、いいんです。困っているときはお互いさまですから」と、ありきたりの返事でこたえました。

 すると突然、老人は、肩を震わせながら泣きだしてしまいした。

 老人のこぼす泪はわずかに瞼ににじむだけで、ヒーヒーという、ことばにならない声ばかりが、痩せたからだを痛々しく揺すりました。

「どうしたんですか。なにがあったんですか?」

 しかし老人は泣きやみませんでした。

「ボクでは力になれないかもしれないけど、よかったら、はなしてくれませんか?」
と、老人の肩にふれたそのとき、
シンは、老人がこの国の人ではないことに気がつきました。

「おじいさんはどこから来たんですか?
 お国は、どこですか?」

 正直なところ、あまり深くかかわりたくなかったシンは、老人がおちついたら駐在所に引き取ってもらおうと考え、駐在員に掛けることばを思いうかべながらそうたずねました。

 老人は、濡れた瞼をゆっくりとひらくと、息をととのえながら、

「わたしは……、……とおい、……とおい、くにから……」
 老人は、口のなかの水分を集めるためになんども喉をならしてそこまで言うと、いったんことばを切り、天井を見つめて、

「わたしは……、おうさま、でした」

 その声があまりにも細かったので、口もとに耳を近づけて聴いていたシンは、
おもわず身体をらせ、

『なんだってまた、このじいさん! オレを世間しらずの若造だとおもって、突然なに言いだすんだよ、まったく、』と思いました。

……がそこへ、

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