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<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第二章/ふたつの葛藤‐ 第35話

 やってきた三頭の馬は、サムと男たちの頭の上に砂を巻き散らしながら止まると、

「ここでなにをしておる!」
と、先頭にいたもじゃもじゃひげが言いました。

「ははぁ~ッ‼ 旦那だんな様、
よくぞお訊ね下さりました。

わたくしどもは、数多あまたの国の国王様より託されし大切な品々を運んでおる旅の商人にございます。

ここに控えるは……、
召し使いどもにござりまする」

 男たちはサムのことばにあわせて、

「へっへーっ!」と、砂のなかに頭をめり込ませました。

「旅の商人だと?
 荷物はどうした。
 ロバの一頭でなにを運んでいるのだ?」
と言った髭もじゃ男のことばに、連れの護衛兵が笑いだすいとまをあたえず、
サムは立ちあがると、
地平の彼方を指差して――、

「ごらんあれ! 盗賊です――!

 あやつらに、荷物もラクダもすべてを奪われ、
休まず眠らず五日も走って、ようやく追いついたところなのでございます。
 どうか、あやつらをとっ捕まえてくださいまし――。
礼はいたします。
なにとぞ、おねがいいたします!」
と、ふたたび額を砂にこすりつけました。

 すると男たちも、
「なにとぞ、おねがいいたします!」
と声をそろえ、
さらに深く砂のなかに頭をめり込ませました。

 髭もじゃ男は、被りものの前に手をかざすと、地平の彼方をみやって、

「は~ッ! それは気の毒だったなぁー。
 しかしあれは、月に一度やってくる水売りだ。
 よく見ろ、こっちへ来るのがわからぬか。
 ただの人違いだ!」

 そのことばに、慌てたふうにサムが立ちあがると、
男たちもそれにあわせて立ちあがり、
サムは、被りものの前に両手をかざし、はるかな地平をみやって、

「ナナナ、……そんな、せっしょうな。だんなさま……!」と、
砂の上に崩れると、
男たちもいっしょになって倒れました。

 髭もじゃの護衛と連れの護衛は、それを見て、
たがいの顔を突きあわせ、腹をかかえて笑いあいながら、
馬を返して、足どりも小気味よく隊列の方へともどってゆきました。

 立ち去る護衛を見送りながら、
サムは、うしろ手に、
人差し指と中指を立てて見せました。

 ラクダの隊列が通りすぎるのを待って、サムと男たちはたちのぼる砂煙のなかに身をかくし、水売りが通る岩かげのほうへと急ぎました。

 そしてヨブが追いつくのを待って、男たちの身嗜みだしなみを整えさせると、
サムは、国の仕来しきたりにのっとった挨拶のしかたを教えました。

 やがて、隊列の先頭を歩く馬の足のはこびが見える近さになると、
サムは岩陰を出て、ゆっくりとした足どりで水売りのほうへ近づいてゆきました。

 馬がそれを見て足を止めると、
水売りは右手を挙げて、口笛を高く鳴らしてラクダの隊列を止めました。

 すると、合図を聴いた三頭の馬がうしろのほうから駆けてきて、
四人の男たちは横一列にならび、
腰に下げた銃を抜いてサムに向けて身構えました。

 サムはふり返り、
七人の男たちにその場に留まるよう合図を送り、からだを返して、両手を高く挙げて、踏みだす足をさらに慎重に、ゆっくりとゆっくりと、近づいてゆきました。

 そして、たがいの顔が見える近さになると、サムは片ひざをつき、てのひらを上に両手を差しだして、サムの国の作法に則った挨拶をおこないました。

……すると、四人の男たちは銃を仕舞い、馬から下りて、サムとおなじ作法で応えました。

 サムは、両手をひろげて思わず駆けだし――、
いちばん歳のいった水売りの前に来て、懐の中の物をとりだして、

「天のみちびきです!
 どうか――、これと引き替えに、
水と食料をわけてください!」
と、水売りのをとって、袋の中のものをてのひらの上に載せて握らせました。

 すると……、水売りは、
「おそれいります――。
 ひとちがいであったならばどうかお許しください!」
と、逆にサムのに両手をそえて、

……サムはその目に、はっ・・としました。

 水売りが添えたサムの左手の親指には、黄金きんの指輪がめてありました。

 指輪は、もともと嵌めていた小指が細くなり、七人の男たちに装飾品を見せたさいに親指につけなおしていたものでした。

 水売りは、てのひらのほうに返されている紋章をかくにんすると、
とまどうように口籠くちごもり……、

 それを見てサムが、

「これを、ごぞんじなのですか?」と問うと、

 水売りの手がにわかに震えだし、

「もしや……、あなたさまは、」

「わたしのことを?……、ご存じなのですか、」

 水売りは頭のかぶりものをとると、その場にひざまずき、
両手をのばしてサムの足にふれて……、
こうべをふかく垂れました。

 それは、この上にない敬意の表明でした。

 するとサムもあわててひざまずき、

「どうか、顔をあげて、
ふつうにふるまってください。
おねがいします。
うしろの者たちには内緒のことなのです。

そしてどうぞ、
あなたがなぜ、わたしのことをご存じなのか、
その理由わけをおきかせください!」

 水売りは、おそるおそる顔をあげると、

「よくぞ……、
よくぞご無事で!」
と、ふるえる両手をサムのにそえて、額をつよく押しあてて、

「さぞや、
さぞや……イラさまも、
お悦びのことですー、」と、
泪を目にいっぱい溜めて、はげしく肩を震わせました。

 泪がおさまると、
水売りは……、
はなをすすりあげながら、
事の経緯いきさつをはなしはじめました。

「今から十七、八年も前のことです。
 イラさまがわたくしのところへたずねておみえになり、
その御紋と同じ紋章をみせられて、

『さる国の大切なお方が、お独りで旅をなされているので、
砂漠のあちらこちらに水と食料を用意しなければなりません。』
おおせになり、
『しかしそのお方は、忍びの旅をなされているので、
そのことを決して悟られぬように、目的の地にたどり着くまで、お護りしなければならないのです』
――と、いままで見たこともないような金貨の入った袋を手渡されて、

『このことは、けっして、他言無用にねがいます!』と申されますので――」

 水売りは、うしろの若い三人のほうへ顔をむけて、

「息子たち以外には、誓ってだれにも喋っちゃおりません。

 わたしは、息子がまだ小さい時分じぶんに、
王子さまのめいけて、あなたさまをお護りする、イラさまのお供をしてまわっていたので御座います。

 まさか、あのときとおなじお方とは、お見受けすることができませず、
たいへんなご無礼をいたしました。
 なにとぞお許しくださいませ」

水売りはそこまで言うとふたたび息子たちのほうに顔をむけて、

「こちらのお方が、サムラダッタの国王様にあらせられます」
そう言って、深く頭を垂れました。

 息子たちは頭の被りものをとると、
父親の横にきて膝をそろえて、ふかぶかとお辞儀をしました。

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