<連載短編小説>クレヨン・アイ ‐あおいろさがし‐ -1
(エピソード-1) はじまり-1
アイがまだクレヨンと呼ばれる前……、
それは、それよりまえのすがたとも違う姿でありました。
アイが、クレヨンと呼ばれるようになったのは、人間がアイを見つけだし
〝あたらしいすがた〟をあたえたからでした。
アイは、自分が人間に作りだされたことをなんとなく知ってはいましたが、
でも……、
自分がどんなすがたで、なんという名前であるのかは知りませんでした。
それはアイがまだ、
自分の活躍するばしょも、
それをたしかめる経験も能力も、なにも持ちあわせていなかったからでした。
*
アイには衣が着せられていて、その衣を取られたときアイは目覚めました。
そして、人間の手に摘ままれ、わけもわからないまま動かされはじめると、
自分の体から色が流れだし、アイはそれを、不思議な気持ちでながめていました。
そしてアイは、そのことを……、
とても心地よい。と感じました。
そうやってしばらく動いたあと、
アイは小さな部屋の中にほうりこまれました。
そこには、アイとおなじ色をしたさまざまな大きさのクレヨンや、
透けた壁のむこうには、ちがう色をしたクレヨンたちの姿も見えました。
アイは、
『……どうやらここが、ボクの新しいねぐらになるらしい』と思いました。
アイが目覚めたのは陽射しが照りつけるとても明るい場所で、
まわりのようすを観ていると、
他のクレヨンたちも、人間の手に摘ままれしばらくして戻ってくると、からだの一部分だけが削りとられて、
ちょっとだけ小さくなっているように見えました。
アイはたったいま、自分の色が流れ出たあたりに触れて、
――ゾッとなりました。
それで、
おなじ部屋のすみで、ヒザをかかえて丸くなっている小さなクレヨンにたずねてみることにしました。
「やぁー、こんにちは。
とつぜんこんなこと訊いてなんなんだけど、さ。
キミは、ボクよりずいぶんと小さいけど、ボクも、キミみたいになっちゃうのかな?」
小さなクレヨンは、
「えっ。……あー、もちろんさ。」
と、ちょっとおどろいたように顔を上げて、まぶしそうに目を細めました。
アイは、小さなクレヨンのほうに前かがみにからだを傾けて、
「それって……、こわくないの?」
とマユをよせてみせました。
「……どうして?」
「だって、ちっちゃくなっていったら、いつかは無くなるってことでしょう?」
小さなクレヨンは頭をふると、
「なくなったりはしないさ。
ボクらは絵になるんだ。こわいことではないのさ。」
「じゃー、それって、たのしいことなの?」
小さなクレヨンは立ちあがると、
「さぁ~、それはどうかな。
キレイな絵になればたのしいだろうし、なれなかったら……、
そうは思わないだろうな。
でも、それにしたってそのときの運だから」
アイも立ち上がり、小さなクレヨンにさらに顔をちかづけて、
「キミは?
キミはどうなの、」
小さなクレヨンは、一歩退きアイを見上げて、
「ボクかい。
ボクは、そんなこと、考えないことにしたんだ。
そんなことを考えるから、苦しくなるってことがわかったから。
ボクらクレヨンは、人間に利用されることで、しあわせなんだって、
信じるしか、救われようがないのさ、」
と、肩をすぼめてみせました。
「そんなー、それってなんだかおかしくない。
どうして苦しくなるの?
だって、じぶんのからだから色が流れだすって、とっても気持ちいいことじゃないか、」
小さなクレヨンは眉をしかめると、うしろの壁にもたれ、腕組みをして、
「キミは、
人間のことを何もしらないから、
そんな、のんきに言ってられるのさ。
そのうちに、
人間の気分しだいでボクらがどれほど傷つき苦しまなきゃならないかってことを、嫌っていうほど思いしらされるから――」
「う、ウソでしょう!
だって、人間はたのしんでいるんでしょう。
……なのに、ボクらが苦しくなるの?
そんなの可笑しい。どう考えたっておかしいじゃないか!」
小さなクレヨンは、アイの口もとに人差し指を押しあてて、
「しーっ! いいかい、よーく見てみなよ。
だれがたのしそうに笑ってる?
だれが嬉しそうに踊ってる。
みんな、文句も言わずに辛抱してるだけさ。
ボクだって、さいしょはキミとおんなじだったさ。
でも、キミも使われていくうちに、きっと、ボクとおなじことを言うようになるから……」