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<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第一章/出会い‐ 第11話

逃走、砂漠へ -1

「――それで、それで追っ手は?」

 シンは身を乗りだし、思わずたずねておりました。

「みずを、……もうすこし、いただけませんか」
 見ると、サム老人の顔はあかあかと火照り、呼吸もはやくて苦しそうでした。

 シンは、はなしのほうに夢中になりすぎて、サム老人のからだのことをすっかり忘れておりました。

 そこで、夕食ののこりのスープを思いだし温めなおして、折りたたみのテーブルを出してきてその上にのせて、

「ボクがつくったスープです。
お口に合わないかもしれないけど、でも、きっと元気がでますよ」
と、サム老人のからだをだきおこして、カップの中のスープを掬って口もとまでもっていってやりました。

 サム老人は、痩せほそった腕をもちあげると、肩をふるわせながら、
スプーンを持つシンの手に両手をそえて、
皺だらけの口に運んで……ひと口、
そのあたたかなスープを口の中にふくみました。

 そして目をとじると……、
口にふくんだスープを、ゆっくりと時間をかけて噛みしめました。

 シンは、のどの奥におくられてゆくスープを確認して、つぎのスープをすくって口もとまではこんでやりました。

 しかし、サム老人は、顔をしかめたまま、目も口もひらこうとはしませんでした。

「やっぱり……お口に合いませんか?」

 サム老人はゆっくりとまぶたをひらくと、

「いいえ。そうではありません。
スープがとても美味しくて、いろいろなことを思い出しておりました。
……でも、
からだが、
食べものをうけつけられなくなったようです。
 すみません、お水だけ、いただきます」

 シンはスプーンをカップにもどし、コップを取って、サム老人の口もとへもっていってやりました。

 サム老人は、コップを持つシンの手に両手をかさねると、コップの縁に口を当てて、そろりそろりと、コップのなかの水を口の中にふくみました。

 水は、
先ほどのように大きな音をたて、
毛をむしりとられたような喉元をとおって乾ききった枯れ木のなかに吸いこまれるように……、
ゆっくりとゆっくりとからだの奥へとはこばれてゆくようでした。

――と、とつぜん、
大きく吸いこんだ息がはげしい咳になってサム老人を襲いました。

 シンはコップを置いて立ちあがり、
前のめりになる老人のからだを支えていまにもこわれそうな背中をさすりながら、お祖父ちゃんを見送ったあの日のことを思いおこしました。

 そして……、

『サム老人には、残された時間がもうあまりないのかもしれない』と思いました。

 しばらくして様子がおちつくと、
シンはまた、ゆっくりと老人のからだを横たえてやりました。

 サム老人はシンをみつめて、

「……ありがとう。もうだいじょうぶです」

と、ゆっくりと息を吸いこみ、吐きだして、つづくはなしをかたりはじめました。

 シンは、
『もう、途中ではなしを中断するようなことはやめて、老人の噺を、さいごまで聞きとどけてあげよう』と思いました。

「……その後わたしは、
息子をそのように育ててしまったのが、
実は、
自分自身であったことに気づかされました。

 息子の不憫ふびんは、
幼いころより、
世界中のできごとやさまざまな文化を学ばせるために、
家臣にその養育も教育もすべてをまかせたまま……、
自分の国にある美しい場所、
それに先祖の遺してくれたすぐれた歴史や文化、

いいえ、それよりなによりも、
もっともたいせつな……親の愛を、与えることをしなかった!

 そのことこそが、いちばんの過ちであった。
と、おもいしらされたのです。

 むすこは、親の愛のもっともひつような時期に、
その愛をうけとる機会を奪われ――、
ただ、
人よりすぐれた知識や能力ばかりを求められて、
育ってしまったのです……、」

 赤くれたまぶたに、みこんだ水がわずかににじみだし、サム老人は細い声で泣きました。

 シンは、サム老人のつぎのことばをじっと待ちました。

「……こうしてわたしは、
わたしのなかにあって、
愛する者を苦しみへと追いつめてしまう、
そのの正体をしるために、
ながいながい旅をはじめることになったのです――」

 こうしてサム老人のはなしは、あらたな展開へと向かいました。


*


『王子の手からのがれるために城はでたものの、わたしの口から王子の計画をつぶすと聞かされた重臣にしてみれば、
城を逃げだした王よりは、実勢に優位な王子のがわに身をおき、
わたしを国賊こくぞくに仕立てあげ、吊しあげるほうが、はるかに得策である!
と、考えるにちがいない。

 そうしてわたしは、
過去の歴史の悲劇の主人公のように、
さらものになって、みせしめにされるのだ!

 けっきょく、
人間にとって〝悪〟とは、
自分とは違うほかの誰かでさえあれば、
それでいいのだから。

 人は昔から、自分の悪はないがしろに、他人の悪をらしめて、わが身にとりく悪まで、……取り除いてしまおう。と、考えたいのだから!』

 そうかんがえるサム王様は、自分の国を、
追っ手からのがれる逃亡者として逃げまわらなければなりませんでした。

 城をでた直後から背後に迫りくる人の気配に、いつなんどき襲われるやもしれない恐怖に怯えながら、サム王様は、とうとう他国との国境までやってきました。

 この境界にはふたつの道があり、ひとつは他国の町なかへ、ひとつは砂漠へとつながっておりました。

 サム王様にとって、
王の衣装のまま他国の町なかを逃げまわることなど考えられないことでした。
りとて、
衣装をぬぎすてて、
他国の町なかをひとりみすぼらしくあるくことなど、なおさらでした。

 サム王様は、たとえ息絶えようとも、
王の衣装のまま砂漠のなかを歩き通すほうが、はるかに、王としての名誉も威厳も保てる。と考えました。

 それほど、王としての権威も衣装も、サム王様にはなくてはならない生きることの証でありました。

 サム王様は迷うことなく、砂漠の中へと足を踏み入れました。

――しかしそこは、死と背中あわせの世界でした。

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