<連載長編小説>黄金龍と星の伝説 ‐第一章/出会い‐ 第23話
キマ -3
キマが、まだ子どもをおなかに宿すまえのこと――、
キマから、
『結婚を考えておつきあいをしている男がいるから、会ってほしい』
と、急なはなしをもちだされた両親は、
すぐに男の素性をしらべあげ、
男には身寄りがなく、仕事場をてんてんと替えながら友人の家を泊まりあるく生活をおくっていたため、
国の支援も、社会制度の保障も受けられない身の上であることを知ると、
「生活の目処もたてられない男のところへ娘をやるなど、
いままで注ぎこんだ苦労も財産も、
嵐にむかって漕ぎだす船の中に投げ入れ、
海の底に棄てるようなものだ!
安心・安全な生活保障こそが、
結婚生活をしてゆくうえに必要な、絶対条件なのだ!」
と、キマにむかって、なんども説得をこころみました。
しかしキマにしてみれば、
口をひらけば喧嘩になり、
生活に生じるあらゆる不安に保険をかけ、窮屈な人生にしがみつく、そんな両親の生きざまを見てきたことで、
『じぶんは、たとえ苦労はしても、
愛する人といっしょに、夢を信じ、自分を信じて、
一歩一歩と生きるよろこびの噛み締められる……、
そんな人生をあるいてゆきたい!』
と望みました。
子の父親となる男は、いちばん低い階層に属していたために収入もわずかでした。
が、男には、一芸に秀でた未来の夢がありました。
キマは、まわりにいたステータスのことばかりを口にする男たちにはない、
輝きと魅力とを男にみて、
『自分がそばにいて支えになりながら、
いっしょに、よろこびのわかちあえる生活がおくれたら、どんなにしあわせなことだろう……』
と夢に描いて、男との交際がはじまりました。
男は、
「今は貧しいけど、夢を実現して、
かならずおまえをしあわせにするから、信じてついてきてほしい!」
と言いながら、そのあとにはかならず、
〝マギラ〟の中にじぶんの夢を画き現して――、
しあわせそうな顔をむけて笑うのでした。
キマはそんな男のことばを信じて、男とむすびました。
キマは、
夢を追う男を好きになったことに後悔はなく、恥じることとも考えてはおりませんでした。
キマは、
『たとえ、じぶんのように愚かな親から産まれた子どもであっても、
子どもにとっては、
生まれてきた理由が、なにより大切な生きるよりどころなのであり、
それは――、生死にかかわる問題なのだ。
そして……じぶんは、
その理由となるものを力強く与えることのできる、
――たったひとりの母親なのだ!』と、
生まれてくる子の根本となるものを、命を懸けて守るために、身を頑なにして泣きました。
キマのようすを見て……、医者は、
「手術は、娘さんの気持ちがおちつくまではムリなようですな。
……ところで、手術の備えは?
当院にはどのような事態になっても最良の医療の提供できる保障制度がととのっておりますが、
今……、係りのものを呼びます」
ととつぜん、保険のはなしをもちだしました。
父親が、
「いや、いちおうの備えはありますから」
とかえすと、医者は、
「そうおっしゃる方でも、自分のかかっている保険の内容を知らずに泣き寝入りになる方がおおぜいいらっしゃるのです。
補償の内容をご存じですか?
お調べしますよ?
わたくしどもの最新システムでは、
どのような事態をも想定した完璧な補償プランがご用意できますから」
と、熱心にすすめるので、
「いやほんとうに結構ですから」
と父親がことわると、
「あぁ……そう。
手遅れになっても、いっさい、責任はもちませんからね!」
と言いすてて、とっとと部屋から出てゆきました。
医者が立ち去ると、父親はあたまをかかえこみ、キマの会社の上司から告げられた、
……このことでこうむるであろう社会的制裁と、
まわりの人から浴びせられるであろう冷たい眼差しとを思って嘆きました。
父親はキマにむきなおると、
「今までそだてた恩を仇でかえす、親不孝もの!」とはげしく罵り、病室の扉を蹴飛ばして出てゆきました。
母親は、
「こんな状態で子どもなんか産んで、あとを、どうするんだい?
そだてられるわけがないだろう。
キマ――! おねがいだから、もういちど考えなおしておくれ!」
と、泪ながらに訴えて病室をあとにしました。
その夜キマは、こっそりと病室をぬけだし、自分の部屋にもどって荷物をまとめて、
生きる……、あらたな場所をもとめて深夜の街中に飛びだしました。
ほほを切る冷たい夜気のなかを、
自分の踏む足音に追いたてられるようにさまよい……、
見知らぬ車にひろわれ、連れられ、危うく命うばわれそうになりながら、逃れのがれて……、ようやくコボルの町のちかくにたどり着きました。
夜が明け、
雑踏のなかで見つけた古いちいさな貸し部屋を、持ち金叩いて借りた……つぎの日には、重たいからだをひきずりながら、仕事場を求めて歩きまわりました。
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